新たな問題が浮上し、頭の中を激マズ料理とドクロマークがぐるぐると高速回転を始める。

「ん? どした? 冷めるぞ?」

「は、はいっっ! いただきま……――」

―――ピリリッピリリリッ

 せっかくの和やかな空気を切り裂くような着信音が響き、大きく口を開けたちえりの手が止まる。

「ごめん、俺だ」

「い、いえっ……」

 夜遅くや朝早くの電話は良くない知らせが多い。
 思わず瑞貴を見つめたちえりは固唾を飲んで耳をそばだてている。

「はい、桜田です」

「はい、はい、……そうですか。わかりました。大丈夫です、そろそろ出られます」

「……っ!」

(この会話の内容は……し、仕事――っ!!)

「……ごめんチェリー、俺もう行かねど」

 大急ぎで朝食を平らげた瑞貴は食器を下げながら言葉を発する。

「私やりますのでそのまま……っ!」

「ん、悪い。サンキューな。あと、ここはオートロックだからそのまま出てきて問題ないから」

「わかりました」

 ちえりが見送りについて行くと、いつのもように柔らかな笑みを浮かべた瑞貴が玄関を出て行く。

「じゃあ、会社で」

「はい! 行ってらしゃい!」

「…………」

(……もうちょっと話したかったな……)

 問題はまだ解決には至らなくとも、その入り口を見つけるきっかけになったかもしれない貴重な時間は、あっという間に終了を迎えてしまった。
 ちえりは瑞貴の出て行った玄関扉を見つめながら、自分自身を奮い立たせる。

「ううん、お昼だって夜だって……明日だってある! こんなとこで落ち込んでらんねぇ!! 」

 リビングへ戻ったちえりは急いで朝食を済ませ、食器を洗う。
 そして昨夜濡れてしまった二人分のスーツをトートバックに詰め込むと彼を追うように部屋を飛び出したのだった――。


「……早すぎてもダメなんだっけ……」

 瑞貴は会社からの要請で早い出社となったが、ちえりは頼まれていない。
 そのため、ある一定の場所から進むことは出来ず、結局一階のロビーでソファに腰を下ろしながら珈琲を飲んでいた。

「そうだ、クリーニング屋さんどこにあるか調べておくかな」

 現在地からほど近いところを模索していると、案外すぐに見つかり安堵する。

(瑞貴センパイ言ってたもんね、このあたりでだいたい済ませられるって)

 昼休憩時に食事をしてから行くか、行ってから食事にするかで迷ったが……

「昨日の雨でお店が混んでることも考えられるし、初回は会員登録とかしなきゃいけないべから、……よし、それなら……」

 かかる時間が不明確なクリーニング屋を優先し、食事をとらずに先に行くことに決めた。
 それからものんびり時間を持て余していると、やがて佐藤七海を視界に捉えたちえりは彼女と共にオフィスへ向かう。

――そしてそろそろ十一時にもなろう頃、未だに瑞貴の姿を見ていないことに不安が募る。

(朝の電話、よっぽど悪い話だったんだべか……
瑞貴センパイ毎日仕事で忙しいのに、私……余計な迷惑かけすぎだ……)

 ため息をつきながら大量のコピーをとっていると、真横に立った佐藤七海が声をひそめて話しかけてきた。

「なんかあったみたいですね!」

「……っ! なんかってなに……!?」

 唐突に問われ、ドキッとしてしまう。
 まさか顔にでも書いてあるのでは!? と頬をごしごし擦る。

「何してるんですかっっ!? 若葉さんメイク落ちちゃいますよ!」

「う、うーん……顔に文字浮き出てるのかと思って……」

「……へ?」

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔で言葉を受け取った彼女だが、次の瞬間キラリと眼鏡を持ち上げてちえりの顔を凝視しはじめた。

「な、なに……?」

「こっちが聞きたいんですけどっ! 若葉さんなにか隠してません!?」

「えっ!? 全然っ!! で……っ!? "なんかあったみたいですね! "ってなんの話!?」

「……あやしいですねぇ……まぁ、私が言ったのは、今リーダー格の人たちが集められてるってはなしです」

「……? 瑞貴センパイ以外のリーダーもいないの?」

"緊急! オフィス内回避ルート"を歩いていたせいで、三浦が不在であることに気づかなかった。

「きゃは! 若葉さん本当に桜田さんしか見てないんですねー! ざっと見て七人のリーダーがいないじゃないですかっ!」

「あ、ほんとだ……」

 佐藤に言われ見渡してみると、なるほど空席が目立つ。
 と言っても瑞貴と三浦以外ほかのリーダーたちとはあまり関わり合いがないため、名前と顔は一致しないし、気づかなくてもしょうがないと思う。

 そして一時間後、昼の休憩時間になっても瑞貴の姿はなかった。
 しばらく待っていたちえりたちだが、人が来る気配がないため仕方なく吉川が瑞貴にメールを入れ、ちえりはクリーニング店へ、ふたりは社食へ向かうことにした。