そしてその少し前――。

(……結構降ってるな)

 おしゃれなバーのカウンターに肘をつきながら眺めのよい夜景と、激しく窓を叩く雨を見つめ座る瑞貴。その隣りには甘えたように寄り添う三浦の姿があった。
 高層階に位置するこのバーは、先程の居酒屋と違ってとても静かで落ち着いていたが、彼の心はまったく穏やかではない。

「それでさ、美雪がね……」

「……うん……」

 空色のカクテルを傾けながら頬を染める三浦は誰にも邪魔されることなく、瑞貴とこうして過ごせる時間に酔っているようにも見える。
 気分が良いのか滑らかにしゃべり続け、さりげなく膝頭を瑞貴の腿へ押し付けてくる彼女。しかし、そんなことは気にも留めていない彼は、鳴らないポケットのスマホを握りしめながら心ここに非ずを貫いている。

「ごめん三浦……ちょっと手洗い」

「……また? 桜田くんそんなに飲んでないのに……」

 ほとんど口のつけられていない彼のマティ―ニへ目を向けた三浦の口調が、身勝手な風に煽られた湖面のように少しずつ冷静さを欠いていく。

「あぁ、そうだな」

 そんな同僚の言葉にも一言返しただけで終わらせた瑞貴のスマホが突如激しく震えだし、待ちに待った着信の音をようやく解放する。すると、急いで画面を見た瑞貴の顔色が変わり、とたんに彼は走り出した。

「……っ」

「桜田くん!?」

 出入り口に近い場所までやってきた瑞貴は、鳴り止まないスマホをなだめるように通話画面をタッチする。

「チェリー? ……っごめんな、いまどこにいる?」

『あ! 瑞貴センパイですか!? 私こそ気づかなくてごめんなさいっ!!』

 声量に波があるため、電話の向こう側でちえりが本当に頭を下げていることが予想できて笑みがこぼれる。

「……いや、謝るのは俺のほうだ。ごめん、すぐ帰るから。……雨に濡れちまったよな……」

『……っえ!? でもまだ一時間も経ってないのに……三浦さんは?』

「ばか……最初からお前の顔を立てて来たようなもんなんだから、もう十分だろ?」

『センパイ……』

 あっという間に言葉に勢いを失ってしまったちえり。
 それが三浦への申し訳なさからなのか、それとも自分の想いに気づいてくれたからなのか……少し期待してしまいそうになった瑞貴。

「……ほら、なんて声出してんだ? いまコンビニか? それとも……」

『あ、はいっ! えっと……社宅のエントランスにいますっ!!』

 そう言いながら慌てて何かを漁る物音が電話越しに聞こえる。

「……? まぁすぐ行くからそこで待ってろ」

『は、はいっ!!』

 互いに急いで電話を切ると、ちえりは濡れたスーツに着替え直し、瑞貴は不機嫌極まりない三浦へ帰宅する旨を伝え、二人分の支払を済ませようとする。

「やっぱ俺もう帰るわ。お先」

「え!? ちょっと……待ってよ桜田くんっ!!」

 三浦の制止する言葉に目もくれず、上着を手にした彼はそのまま背を向けて店を出て行ってしまった――。