青いチェリーは熟れることを知らない①

「ごめんな、お待たせちえり」

「あ……瑞貴センパイ。ううん、待ってないですよ」

 自然と同じ場所へ帰る三人の瑞貴とちえり、そして鳥頭が一箇所へ集まった。暖簾(のれん)をくぐって出てきたほろ酔いの王子様が加わると、一気に場が華やいだ気がした。居酒屋を照らすスポットライトに照らされた瑞貴の顔は皮脂バランスも絶好調のようで、潤ってはいるもののテカリはまったく見受けられない。

(ハッ!! 私お化粧直しもしてないっけっ!! 帰宅に備えてしておくべきだったぁああっ!!)

 もはや瑞貴と近距離のときだけ気をつければいいと思っているちえりの女子力は底辺を這いつくばっていると言っても過言ではなかった。

 やがて女子力最強の三浦や残りのメンバーが店から出てくると長谷川の姿が見えないことに皆気づいたが、彼女を支えていた女子社員が経緯を説明すると再び笑いが起きた。そして最後に戸田さんが参加者一同へ礼を言いながら一斉解散となると、穏やかな笑顔で近づいてきた彼が瑞貴の前に立つ。

「桜田、今日は来てくれてありがとな。またゆっくり話そうぜ! 若葉さんも一緒に!」

 と、ちえりにまで挨拶してくれた。

「今度は三人で飲もうぜ」

「是非ご一緒させてくださいっ!」

 恐らくテカっているであろう顔面でにっこり微笑みながら、瑞貴が"三人で"と言ってくれたのでちえりは安心して乗っかることが出来る。

(戸田さん、本当に良い人そう……瑞貴センパイが仲良くしてるっていうのもわかる気がする)

 彼の為人(ひととなり)に安心して笑い合いながら彼とさよならすると、それを見計らったようにヒールの音が間近に聞こえた。

――コツコツッ

「桜田くん、私まだ飲み足りないの。少し付き合ってくれないかしら?」

「……へっ!? モゴッ……」

(み、三浦さん――……っっ!?)

 誰よりも早く真っ先に声を上げてしまったちえりは慌てて口を押さえるもすでに遅し。
 目を見開きながら瑞貴と三浦の顔を見比べていると、その態度が三浦の癪にさわったらしく、彼女の笑みが急速に冷えていく。

「え……」
 
 反応に数秒遅れた瑞貴が眉をひそめ、いまにもその腕を掴みそうな勢いで迫る同期に怪訝な表情を向けている。

「……若葉さんお酒飲めないのよね?」

「は、はい……」

「なら、ふたりとはここでさよならだわ」

「あ……」

(ふたりって……私と鳥頭のこと、だよね……)

「待て三浦。俺は行くなんて……」

 三浦に制止をかけた瑞貴の言葉に被せながら鳥頭が前にでる。

「行ってきたらいいじゃないですか」

「お前……っ! この手どかせよ!」

 急に激昂した瑞貴がちえりの方を勢いよく払った。

「……え?」

 あまりに突然で、人格が変わったように大声をあげた瑞貴に何がなんだかわからずにいたちえりだが、鳥頭の手が宙に浮いているのを見て小首をかしげる。

(あ、あれ? いまのなに……? っていうか! なんでふたりがいがみ合ってんの!?)

 今度は一触即発な瑞貴と鳥居の間にちえりが慌てて立った。

「み、み、瑞貴センパイッッ! どうぞ行ってきて下さい!」

「……っなん……で、ちえり……」

 目を見開き、すぐに悲しそうな顔をした瑞貴が力なく言葉を零す。

「女性に恥かかせちゃダメですよ、それに私たち本当にお酒が駄目で……」

「ってことでお疲れ様でした」

 あっさりと吐き捨て、スタスタと背を向けて歩き出した鳥頭。社宅から近いといっても、まだ土地勘のないちえりは一人で帰れる自信がないため後に続く。

「じゃ、じゃあ……私も失礼しますね。お疲れ様でした……っ!」

「ちえり……」

 暗闇に溶け込んでしまったふたりの影を見つめながら、瑞貴が気落ちしたようにちえりの名を呟いた。

「私たちも早く行きましょう? 桜田くん」

「…………」

 綺麗な顔に嬉しそうな笑みを浮かべた三浦が女性らしく細い腕を艶めかしく絡めてくる。
 しかし振り払う気力もないように瑞貴は微動だにしない。ただ瞬きもせず、彼の瞳は消えてしまった幼馴染の女の子の姿を暗闇の中に探していた――。