「へぇー! もしかして追いかけた来たとか!?」

 恋話が好きそうな長谷川は鳥頭の大きな背中から身を乗り出すようにして食いついてきた。

「……そんなわけないだろ。偶然だよ、偶然」

 間髪入れずに否定した瑞貴に小さく頷きながらも、胸中に複雑な気持ちを抱いたちえりは苦笑いになってしまう。

「あはは……」

「じゃあ運命とか!!」

「えっ……」

 さらにロマンチックな言葉を口にした長谷川にちえりは思わず嬉しくなったが、相変わらず瑞貴の反応は冷ややかだった。

「だから偶然だって」

 彼はビールのグラスへ口をつけながら何でもないことを告げるように言葉を吐き出す。
 わかってはいるけれど、彼の言葉に思わず息苦しくなる。

「……っ」

「…………」

 俯いてしまったちえりはここでも三浦の視線に気づかず、ただ長谷川が盛り上げようとする会話を遠くに聞いている。
 それからのちえりは会話に身を投じれるような精神状態ではなく、曖昧に頷いたりを繰り返しながらスマホを握りしめた。別にそれに用事があるわけではなかったが、瑞貴の心が遠く感じられた今のちえりには、命綱のような微かな繋がりに縋りたい気持ちからだと自分でも自覚している。

 ――すると、再び場にそぐわない声が響いて。

ニャーンニャーンニャーン!!!

 そんな彼女を助けるべく沈黙していたスマホが叫んだ。

「…………」

(また鳥頭じゃないべね……)

 横目で睨むが彼は"チガウチガウ"とグレープフルーツジュースをフリフリして拒絶している。

(あ、あれ……?)

 勘が外れメールを開くと、そこには命綱の先に佇んでいる王子の名が刻まれていた。

「……あっ」

 と思わず声をあげてしまったちえりに、すかさず長谷川がこちらを注視する。

「どうしたの若葉っち。また迷惑メール?」

「いいえ! 今度は"ちゃんとした"メールです!」

 わざとらしくそう言うと瑞貴がクスクス笑い、鳥頭は"ベぇー"と舌を出している。

(――み、瑞貴センパイだっっ!!)


"差出人 桜田瑞貴
件名 ごめんなチェリー
文章 そろそろ茶碗買いに店出ないか?


「……っ!」

 顔を上げて頷きたい衝動を焼けた肉とともに腹におさめ、ちえりは気づかれないように高速でメールを打つ。

"は、はいっ! 是非!!"

 とすぐに送信する。
パッと顔をあげ、目の前の彼を見つめると今度は瑞貴のスマホが点滅し、内容を確認した瑞貴が安心したように小さく微笑んだ。

「皆ごめん。俺ちょっと用事あるから、ついでにちえりも帰すわ」

 さりげない連れ出し方がとてもスマートで、少しだけ近所のお兄さん風な口調の瑞貴にドキドキが止まらない。

「えっ!? まだ二十時前ですよぉ!?」

「桜田っちはわかったけど、若葉っちは置いていきなよ~」

 早すぎるふたりの帰宅に佐藤七海や長谷川の落胆の声が上がるが、さらにもう一名。

「じゃあ俺も失礼します」

 と、立ち上がった鳥居隼人。
財布を出し、諭吉様を置いた彼に瑞貴が制止をかける。

「今日は俺のおごりって言っただろ? 来てくれてありがとうな」

「……御馳走様です」

 一瞬の間の後、瑞貴へ頭を下げた鳥頭は振り返りもせずスタスタと店を出て行ってしまった。

「……鳥居っちってシャイなんだかクールなんだかよくわかんないね」

 早すぎる退出者にぼやいた長谷川へ佐藤も吉川も頷き、"歓迎会なのに新人がいなくなる!"と、恨めしそうに抗議する長谷川は瑞貴へ口を尖らせている。

「吉川、これで頼む」

「えぇ! ちょっと多くないですか!?」

 戸惑う吉川は、手渡された四人の諭吉様のうち半分を瑞貴へ返そうと迫るが、それを断った彼はちえりの背をそっと押しながら"行こう"と小声で囁いた。

『う、うんっ』

「すみません、ではお先に失礼します」

「桜田っちご馳走様ー! 若葉っち、また明日ね~!!」

「ご馳走様です! ふたりともお気を付けて!」

「桜田さんゴチです~! 今度またゆっくりご飯食べましょう~!」

「……お疲れ様」

 瑞貴はただ一度だけ片手を上げ、ちえりは振り返って皆へ一礼すると、笑顔で送り出してくれるメンバー。
ただひとり三浦を除いては――。