――ジュージュー……

「…………」

 カチャッ……トントントンッ

「…………?」

 トタトタトタ、コトン

「………………?」

(……なんの音? ……毛布、気持ちいい……お布団から出たくないなぁ……)

「……? …………っ!? 毛布!?」

 バチッと目を見開いたちえりは勢いよく飛び起きた。
 薄らと残る記憶を頼りに己の体にかけてあった極上な手触りをその目で確認すると、間違いなく薔薇柄の毛布がそこにあった。

(み、瑞貴センパイにかけてた毛布……っ!!)

 思わず匂いを嗅ぎたくなってしまう衝動にかられ、鼻息荒く毛布に顔を埋めようとした瞬間、どこからか伺うような視線に気づき顔を上げた。

「お、起きたなチェリー! 昨日ごめんな、ベッド取って」

「……っお、おはようございます瑞貴センパイッッ!! 全然いいんですっっ!!」

(……っていうか! センパイさっきまでソファで寝てたし!? 匂い嗅ごうとしたの……み、見られてないよね!? いまの見られてないよねっ!?)

 冷や汗をダラダラかきながら毛布に抱き着く。

「おう! おはよっ!! まだ六時だから寝てていいけど、キッチンがすぐ傍だから起こしちまったよな」

 爽やかな笑顔でこちらを振り返る彼の手にはお玉が握られている。

「ううんっ! もう充分眠ったから起きようと思ってた頃だしっ!? 顔洗ってきますね!」

 急いで毛布を畳み、ソファの端へ寄せてから勢いよく立ちあがる。

「ははっ! ついでに髪の寝癖も直してこいよ」

「げ……っ!!」

 言われて無造作に頭へ手をやると――……

(うわぁっっ恥ずかしい!! 明日はセンパイより早く起きてご飯の支度も顔も髪もやらなきゃ!!)
 
 金メダルのスキージャンパーもびっくりな跳ねあがりを頭上に掲げたちえり。
 寝相が悪い自覚はあるものの、ここまで跳ねてしまうと朝シャンしたほうが早そうだった。

 急いでバスルームへと向かい、洗顔を含めた高速シャンプー。じっくりトリートメントを染み込ませている暇はないが、その間に歯磨きを済ませる。最後に熱いシャワーで全てを洗い流すと、これにて一件落着!!

 見事な弧を描いていた髪もすっかり大人しくなり、タオルドライしたらすぐにドライヤーをかける。

「あ、化粧水とかも向こうの部屋に置きっぱなしだった……」

 適度に乾いた髪へ手櫛を通すと、使われていないあの部屋へ赴き自分のバッグを開く。オイル系のスタイリング剤や化粧水らを手にし、もう一度洗面所へ戻った。

「ん~……朝これだけのことをやってからセンパイを待つには最低でも三十分は必要かな……センパイいつも何時に起きてるか聞いとかねど……」

 鏡を見ながら、ふぅとため息をついたちえり。
 普段ナチュラルメイクな彼女は化粧にかける時間は少なくていい。しかし寝癖の付きやすいこの髪を直すには時間をとらなくてはならない。
 パパッと肌を整えたちえりは急いでリビングへ戻った。

「ごめんなさい、センパイお待たせしましたっ!」

「ん? 全然待ってないよ。 米まで研いでくれてありがとな。美味そうに炊けてる」

 しゃもじを手にした瑞貴が嬉しそうにお釜をかき混ぜていた。

「ううん、私それくらいのことしか出来ねくて……」

 彼に並んで朝食の準備を手伝おうとすると芳醇な香りの放つ味噌汁が鍋に、そしてふわふわなオムレツが皿に盛りつけられていた。

「わ! センパイのお味噌汁楽しみっ! オムレツも美味しそう~!」

 適当なお椀を取り出し、ふたり分の味噌汁を盛り付けた。わかめとお豆腐。そして細かく刻まれたネギ。ありふれた具材たちだが、瑞貴が飾らない素の自分を見せてくれたような気がしてじんわりと嬉しい。

「オムレツはたまに作ってたけど、味噌汁作るなんてホント久しぶりなんだぜ?」

「そうなんですか?」

「うん、いつもはメインディッシュさえあれば飯終わりって感じだったからさ」

(……そっか、ひとりだとそうなっちゃうよね。そういえば一人前を作るのはすごい手間なんだって聞いたことある……)

 ずっと親元で生活してきたちえりは一人暮らしの苦労を知らない。すべてはテレビで見聞きしたことや、離れている友人の話を聞くくらいの知恵しかないのだ。

「体に良くないってわかってっけど、一緒に食べる人がいないと箸もすすまないしな」

「……じゃ、じゃあっ! これからは毎朝毎晩お味噌汁作りますねっ! もちろん他のお料理も頑張りますからっっ!!」

「…………」

 はりきっている自分を呆然と見つめる瑞貴に冷や汗が噴き出す。

(……あ、あれ? 私おかしなこと言っちゃったっ……!?)

 しかし今さら口を出た言葉を回収することも出来ず、何が悪かったのかと思い返して。

(……っ!! 鼻毛出てるとかんねべねっっ!!??)

 とたんにガーン!! と青ざめる。
 お玉を鏡の代わりにして鼻を確認しようにも瑞貴の目があるため、まさかそんなこと出来るわけがない。すると――

「チェリー……いまのちょっと……」

「……は、はいっ!?」

 ビクリと飛び上がったちえりは、やや顔を背けながら大きく身構えた。

「新婚夫婦の会話っぽかった」

「…………へ?」