人魚姫の涙

しばらくの沈黙。

風が吹くたびに、紗羅から香る甘い香りに胸が痛む。

そんな時、それまで下を向いていた紗羅が突然顔を上げた。


「――そっか。....…そっか! 成也、彼女いたんだ! 早く言ってよね。あ、 おばさんの夜ご飯のお手伝いしなきゃ! じゃ、家で待ってるねっ!!」


先程までとは違い、紗羅はニッコリとまるで子供みたいに笑った。

そして、早口でそう言い切ると、俺の顔も見ずにそのまま走り去っていった。

返す言葉が無かった俺も、掴んでいた手を離し、その場で立ちすくんだ。


「成也!」


それと同時に、茫然と立ち尽くす俺の背後から声がした。

振り向かなくても分かる。


「あぁ...…悪い。友香」

「ううん。それよりどういう事?」


俺の前まで来て、怒った顔でそう言った友香をただ見つめる。

しかし、頭の中が上手く働かなくて言葉がちゃんと出てこない。


「いや。なんでもない」

「なんでもないって。あれ誰なの?」

「幼馴染」

「幼馴染って――」

「悪い。今は話したくない」


逃げるように友香から視線を外すと、友香は納得いかない顔で俺を睨みつけた。

それでも、ぐっと唇を噛み締めてからニッコリと笑った。

だけど、その笑顔はあまりにも不自然で、無理しているのは明らかだった。


「分かった。話せる時がきたら話して」


俺に話す意思がないと分かった友香は、そう言ってもう一度ニッコリと笑った。

だけど、ギュッと俺の手を掴んで離さなかった。