「ほら、皿がスプーンと愛の逃避行をするっていう歌があるだろ?フォークと皿は昔から仲が悪いんだよ。フォークはスプーンのことが好きだったのに、愛しいスプーンを皿にさらわれたからね。だから、この戦いは昔からの因縁なんだよ。」

大真面目にうなずきながら言うその様子に、ディアナはこの少年とは気が合いそうだと思い好感を持った。

そして二人は、アレセスのお母さんが運んできてくれた紅茶を飲みながら、自分たちの古語苦労話をしてひとしきり笑い合った。

二人が打ち解けてすっかり気持ちがほぐれたころ、アレセスは少し真面目な顔になって言った。

「君にわざわざ来てもらったのは、この本のことを君に聞いて欲しかったからなんだ。」

アレセスは、部屋のはじにある物書き机のところまで行き、古ぼけた本を取り出して、手に取り、ディアナのところに持ってきた。

それは、汚れた皮の表紙がついた分厚い辞書のような本だった。

本の表紙には、うっすらと何かの模様が彫り付けてあるのが見えた。

よく見ると、Yの文字の周りが二匹の竜で囲まれている紋章のようだった。

アレセスは言った。

「志魂道(しこんどう)って知っている?足や手の不自由な者が、自分の使える体の部位を使ってする武道のことなんだけど」

ディアナは、アレセスの言う志魂道(しこんどう)を知らなかった。

ディアナが、黙って首を振ると、アレセスは、部屋のはじに立てかけてあった、木製の長刀を取った。

アレセスは、構えの姿勢を取ると、長刀を振って見せた。

その動きには、一切の無駄がなく、鞭の様にしなやかで鋭く、ディアナはアレセスが足の不自由な少年であるということを忘れてしまうほどだった。