それは、ディアナがいやし屋をはじめて一年ほど経ったある日の夕方のことだった。

ディアナが、一日の仕事を終えて、満ち足りた気分でジルミサーレと夕日をながめながら、ドアの上がりかまちに腰を下ろしていた時、立派な身なりをしてきちんとした物腰の男の人がやってきた。

その人の話によると、その人の息子は、生まれつき足の筋肉に力が入らない病気に苦しめられているという。

今まで手を尽くして色々な治療をしてきたがよくならず、家族の者は、あきらめかけていた。

ところが、息子さんが突然、ディアナと話がしたいと言い出したというのだ。

そこで、最後の頼みの綱としてディアナのところにやってきたのだが、息子に会いに自分の家まで来て欲しいという。

ディアナが乞われるがままに、その男の人と出かけようとすると、それまで、ディアナの横でのんびりとねそべっていたジルミサーレが立ち上がってついてきた。


 ディアナ達は、大きな石がごろごろした険しい道を登っていった。

男の人の家は、山の中腹にあって、おばあさんの家と同じ、キネビスでは普通に見られる、灰色がかったクリーム色の石を積み上げて作った家だったが、おばあさんの家よりずっと小さかった。

家の前には、小さいけれどよく手入れされた庭があり、キネビスの庭らしくたくさんの花が咲いていた。

男の人について中に入ると、小さいがこぢんまりと片付いた、気持ちのいいキッチンの奥の部屋に案内された。 

ドアをたたくと中から、

「どうぞ」

という、若い男の子の声がした。

 部屋の中には、車いすに乗った、柔らかそうなブロンドの髪に、涼しげな眼をした美しい少年が窓の外を見ていた。

そして、ディアナとジルミサーレが入って行くと、車いすをまわして、ディアナたちの方に近づいて来た。

「君が、大盗賊を改心させたディアナだね。遠くからわざわざ来てくれて、ありがとう。山道はきつかったかい?」

少年はそう言うと、ディアナを見てにっこり笑った。

ディアナが手を出すと、少年はしっくりと馴染んでいてさりげない、しかしなんとなく紳士的なしぐさで、ディアナの手を握った。