隠された鏡の伝説Ⅰ選ばれし者の定め

ディアナは、焦るあまり、胸の中に大きな塊を詰め込まれたような気分になった。

塊はどんどん大きくなり、ディアナはその塊が口からあふれて出てくるような気がした。

次の瞬間、ディアナには、自分がこの男にどうしてやったらいいのかが判った。

ディアナは、低い声で歌い始めた。

それは歌と呼ぶには、とても変わっていた。

まるで、風にそよぐ木の葉が立てるさやさやという音や、小川のせせらぎに似た、ささやきのような音だったのだ。

ディアナは、心の赴くままに歌った。

ディアナは、歌を習ったことはなかったし、ほとんど人前で歌ったこともなかったが、ディアナが森で歌うと、いつもたくさんの小鳥や動物が集まり、ディアナと一緒にさえずったり、じっと耳をかたむけたりすることに気が付いていた。

けものたちが、ディアナの歌にじーっと聞き入って、うっとりとした様子でディアナの側に寄り添ってくるのを見て、ディアナは自分の歌が、動物たちの気分を良くするものなのだということを知っていた。

ディアナは、他の人に歌を聞かれる心配のないところでしか歌ったことがなかったけれど、今、ディアナの目の前にいる、この怪我をした男のために、何かしたいという一心で、ディアナは初めて人間の前で歌を歌った。

ディアナは、のどと唇をたくみに使って、色々な音を出した。

林を渡る風、空の高いところでうなりを上げる風、嵐の海に吹きすさぶ風、そんな音だった。

それは、自然の営みの中で、森羅万象(しんらばんしょう)のつむぎだす音のように、自然の中にまったく
違和感なく溶け込んでいくような音だった。

やがて、ディアナの作り出す音は、そよ風を思わせる響きに変わった。吹いては止む、気ままな春のそよ風のように、しばらくすると、ディアナの歌は途切れた。

ディアナは、ぽかんと口を開けたまま男を見つめていたが、やがてそれは期待のこもったまなざしに変わった。

 バルバクリスの様子に変化が表れていたのだ。

バルバクリスは、ここにやってきたときと明らかに違っていた。頬に出来た傷から流れていた血は止まり、荒かった呼吸も楽になったようだった。

しかし、何より変わったのは、その表情だった。