隠された鏡の伝説Ⅰ選ばれし者の定め

 ある、秋も深まった日の夕暮れのことだった。赤ちゃんが生まれそうだから、すぐに来てほしいと、馬にまたがった男の子がおばあさんを迎えに来た。

おばあさんが、ベトリスと馬車であわただしく出かけてしまった後、ディアナは庭で、地面を掘り返して遊んでいた。

辺りに、夕闇が迫っていた。

 そのとき、ディアナは家の窓の下で、何かが動いたのを見たような気がした。

立ち上がって見ると、少し薄暗くなった庭の向こう側で、何も着ていない上半身に、汚い布を斜めに結び付けた男が、真っ暗な家の中をのぞいていた。

男には、伸び放題のひげの生えたほおに切りつけられたような跡があり、ぱっくりと開いた傷口の周りのひげは血で濡れているように見えた。その周りには血が黒く固まってこびりついている。

よく見ると、体にたすきがけに結び付けている布の両端から切り傷がのぞいていた。

そして、もとは緑色だったと思われる薄汚れた布の、傷に当てた部分が赤黒く血で染まっていた。

「おばあさまは、赤ちゃんが生まれそうな女の人のところに行ったわ。」

ディアナは、男に後ろからいきなり声をかけた。

振り向いた男の眼光は鋭く、震える手にはナイフが握られていた。

ディアナはナイフをちらりと見て、

「おばあさまに薬を作ってもらいにきたのでしょう?」

と、言って男が話し出すのを待った。

 実は、この男は、バルバクリスと言うこの地方一帯を荒らしまわっている盗賊で、残酷なことでその名を
知られていた。

昨晩も、キネビスから山一つ向こうにある町の大きな家に、仲間三人と強盗に入った。

幼い子供を含む一家全員を皆殺しにして金品を奪って逃げようという段になって、屋敷の外が騒がしくなった。

バルバクリスを長年追い続けている警官に、跡を付けられていたのだ。