名もなき箱庭

 
「…じゃあ…」


 幼馴染みという関係が、どこまで私たちを近付けてくれるのかを私は知らない。

 仁乃と知らず識らずに打ち解けたように、私の蒼真に対する思いの丈の瓶は、いつしか家族のような思いから恋愛感情にその頃から変わっていた。

 視線を逸らして遠慮がちに頷くのに、蒼真は上の空だ。なぜなら。


「……えっ、と……?」

 頰を掻いて困った反応をする蒼真が、チラと向けた視線の先を追う。既に私の真後ろに位置していた仁乃がじろじろと彼を見ていた。

「おまえら…学校で…はれんちな…あらびきだぞ」

「仁乃、多分それをいうなら逢い引き」

「ずーるーいーっ! なんか二人してコソコソずーるーいっ! ひーわーいーっ!」

「仁乃、ちょっと黙って」

「祐穂、この子は」

「金雀枝仁乃。転校生」

「あぁ…噂に聞いてる、すごい明るくて…明るい子だって」

「明るいしか言ってないよね」

「おまえ誰だ! イケメン属性か! 祐穂のなんだ!」

「仁乃、このひと幼馴染みの斎藤蒼真。悪いひとじゃないよ。家が隣で物心ついた時から一緒にいるだけ。好きじゃないし、彼氏でもない」

「いちいち言葉に棘作んなきゃ喋れないのかよ、祐穂」

「おーっ。祐穂の幼馴染みとあってはあたしの幼馴染みもドーゼン。よろしくイケメン、ないすとぅーみぃーちゅー!」

「あ、うん…よろしく、金雀枝さん」


 好意を覆い隠すために法螺を吹き、白い華奢な手と蒼真の手が握手したとき、つきりと地味に傷ついた。

 野生の勘というか。そのときから予想していたのかもしれない。というか誰だって思うと思う。仁乃なんて友人を持っていたら、身の回りの例えば意中の男子がどうなるか。

 幸い蒼真は疎かった。そういうのによく話題に出されるわりに、高嶺の花だと敬遠されていた。そこに私という幼馴染みなんてお飾りがつけば余計だ。

 彼は守られていた。家族と私という箱庭の中でぬくぬくと、与えられたレールを走っているはずだった。

 人の心が動く瞬間は計り知れない。







 でなければ冒頭の台詞を、蒼真がなぜ一年も経ってから思い出したように私に言ったのか。