名もなき箱庭

 

「なに難しい顔してるの、仁乃」

 6限が終わり、いつもならパンケーキカラオケショッピング、と私にせがんでくる仁乃がその日、自分の席に座ったまま頭を抱えていた。

 珍しいこともあったもんだと近寄ると、そこには「部活動」と「委員会」に関する希望用紙。

「こんれ。はよ出せって担任が」

「仁乃、それまだ出してなかったの」

「特にやりたいことないもんよー」

「駄目。うちの学校委員会も部活も入部必須だから」

「げろげー。祐穂ー、一緒に考えてよー。何だったっけ委員会」

「文化委員」

「じゃあーしもそれする!」

「クラスで一人しかなれないから。希望出してない仁乃に残ってんのはあと、広報委員会とかじゃないかな」

「部活は?」

「バドミントンだけど…仁乃なら引く手数多でしょ。運動好きならバスケでもダンスでも…」

「なんじゃあのどえらいイケメン」


 完全にこの世ならざる者を見る目で愕然とする仁乃を見てから、その視線の先を振り返る。弓道着で私のクラスの前に立っていたのが、蒼真だ。

 丁度クラスメートに私の所在を尋ねたところだったのか目があった。ぱっと手を挙げる蒼真に、仁乃が私を見る。


「どぅえ!? 彼氏!?」

「じゃない。幼馴染み」


 廊下から教室の後ろの扉に回る蒼真に倣って、私も彼に近寄る。無表情のままだったのがいけないのか、「ぶすっとしてんなー」と言われたのを忘れてない。


「教室には来ないでって言ったでしょ」

「一個跨いで隣の教室なんだ無理言うなよ。
 今日祐穂ん家おばさんいないんだって? うち来なよって母さんが。週末だし久しぶりに」

「私、もう子どもじゃないんだけど」

「心配なんだろ? それに、親からしたら子どもはずっと子どもだ」