名もなき箱庭

 

 彼女の家系自体が混血一家なんだそうだ。デンマークだかスイスだかロシアだかイギリスだか。そこにどういうわけか日本の血がほんの少し混ざって、「金雀枝仁乃」という完全な生命体は生まれた。

 彼女はその見た目以上に、人懐っこく、気さくでユーモアに溢れる子だったから、すぐにクラスにも馴染んだ。
 転校してきた翌日にはクラスの女子たちに「ニノちゃん」と親しまれ、彼女も順風満帆だったのではないだろうか。

 でもどうしたってやっぱり不慣れな学校生活に彼女への手助けは不可欠で、仁乃は決まって周囲の人間に自らの無知の修復を求めた。

 その時前の席だったのが、学級委員長でもあった私だ。


「こんこん。えくすきゅーずみー」

「…?」

「はろはろ。あたし仁乃。お相手さんお名前は」

「…木村祐穂」

「えっ?」

「木村祐穂」

「えーなにその名前っ! めっちゃ可愛い」

「そうかな。金雀枝さんの方が可愛いよ」

「あー、あー、いいよ。苗字ややこいでしょ、漢字ばっかであたしも未だにちょっとよくわかんない。なのでニノって呼んで。そんかわりあたしも祐穂って呼びたい」

「やだ」

「ほわっ!?」

「冗談」


 百面相というか、人の一言一句に過剰な反応を見せる仁乃は愛らしく、こんな私でも、すぐに打ち解けることができた。

 また、他のクラスメートとは違って、私の性格上、自分で言うのもなんだけれど面倒見が良かったというか、年の近い妹が出来たような感覚でより可愛がったのも大きいと思う。彼女もまた事あるたびに私を頼り、その関係が「クラスでの前と後ろの席」から「心置きなく笑いあえる親友」にすり替わるのにそう時間はかからなかった。





 特に意識はしていなかった。
 必要性を感じなかったからだ。危機感も。

 蒼真と仁乃が顔を合わせたのも、たしか、その頃。