名もなき箱庭

 

 中学校に上がった頃、ずっと私の方が上だった背が初めて同じくらいになった。話がしやすい、とそんな風に思ったのは束の間で、いつしか背は簡単に追い越され、「祐穂、縮んだ?」なんて言われた日にはひどく屈辱的だったのを覚えてる。


 弓道部の斎藤蒼真と言えば名高い。

 命中率、集中力、その精錬された所作、そして絵になり過ぎる容姿。今のところ、そのどれにおいても彼の右に出るものはいないんだそうだ。

 私がいないと何も出来なかった弱虫蒼真。
 クールで取っ付きにくく敬遠されがち、でも私だけに見せる顔がある彼に、疑う余地などなかった。

 幼馴染みは恋人への片道切符だと信じてた。

 彼の口から、金雀枝仁乃の言葉が出るまで。



 構築したものが壊れるのはいとも容易い。



「───ってわけさ。ゆほさま、この貧しき仁乃にお恵みを」

「お金なら貸さないよ」

「おばか! 話聞いてなかったろ! 朝の古典小テスト勉強してないからノート見せてって言った!」

「仁乃いつもそうじゃん。ちゃんと板書取んなよ」

「なんだろな。活字見るとすんっげ眠くなんの。教科書開くでしょ。単語読むでしょ。やべ、と思って黒板見るじゃん。眠くなんじゃん。寝るじゃん」

「ばかなの」

「あーん! ゆほちお願い! いっ…しょーのお願いノート見せてーっ!」


 すりすり、と両手を擦り合わせて懇願する仁乃にため息をついてノートを差し出す。「神様、仏様、祐穂大女神様!」なんて訳の分からないことを言って仁乃が感謝の舞を踊るから、くすくす周りに笑われるのが嫌で、私は先を急いだ。


 ◇


 仁乃は去年の春、私のクラスに転校してきた。

 金髪で碧眼で色白の彼女が登場した時、クラスメート全員が異星人でも見るかのように息を飲んだのがまるで昨日のことのよう。