名もなき箱庭

 

『ごめん、あたしは祐穂が好きだから。

 祐穂が振り向いてくれないの知ってても、あたしのこと嫌いでも、祐穂が好きな気持ちだけは殺せないから。ごめんね』








「…」

「俺それ聞いた時びっくりして。金雀枝、そっちなのって聞いたらわかんないって言ってた。…あいつ、祐穂に素っ気なくされてから、ずっと寂しかったんじゃないかなぁ」


 そう、と言ってから立ち上がる。

 どこ行くんだよ、と蒼真に見上げられたから、「屋上」とだけ答えた。










 世界は色づいていた。

 あの子の喪失に涙し悔やみ嘆きそして苦しむ。屋上へと向かう道すがら、すれ違う生徒が悲しげな顔を思い浮かべればざまあみろと思った。私の意志を持ってあの子の命は完遂されたのだ。私はあの子の命を凌駕し超越した。踏み潰してやらないなら自らで堕ちろと手を下さずに勝手に死んでくれたんだ。

 なんて素晴らしい世界。これが私が欲しかったなんの邪魔も入らない素晴らしい素晴らしい素晴らしい世界。

 屋上へと階段を駆け上がり扉を思いっきり開けはなつ。風邪が胸を穿ち大手を広げ、堪えていた震えをようやく笑顔に変える。

 私は笑った。大口を開けて笑った。喉が枯れるくらいお腹を抱えて笑い転げて、おかしくてたまらなかったのに、泣けてしまった。




 泣けて仕方がなかった。







 仁乃が嫌いだ。

 明るくて、気さくで、人懐っこくて健気で誰にも愛されて、名誉も地位も人望も、大好きな蒼真も私から全部持って行ってしまうから。大嫌いなくせにひとの懐にするりと入り込んで逃がさなくして、自分のことさえ何一つ教えてくれやしないから。私の気持ちも知らずにそう、最期まで好きだなんて馬鹿げてる。

 見上げた青の中に、遠くを駆けてはしゃぐ私たちが見えた。柔らかな仁乃の金髪に手を伸ばして、掴もうとしたらぱっと消える。もうこの世界にいないから。私がそう言ったから。どんなに願っても取り返しはつかない。




 今更帰ってきてなんて、あぁなんて虫のいい。