名もなき箱庭

 
 溺死だったんだそうだ。

 一週間前家を出たっきり家族にも連絡はなく、公園やコンビニ、高架下、土手をはしごし路頭に迷っていたところを複数の男に乱暴され河川敷に棄てられたのだと、警察からの情報を校長はあっさりと話した。

 あまりの話にみんなは泣いていた。壇上で黙祷を告げる校長の言葉に、みんな目を閉じて泣きながら鼻をすすった。
 その中で一人だけだったと思う。わたしだけ、その空間でひとりぱっかりと目を開いて天井を見ていた。清々しい心地だった。ああそうだ。


(清々した)











 空に浮かぶ白い雲はのどかで。

 一面に広がる青はこんなにも尊い。



 これがわたしの欲しかった日常。






「祐穂」


 一番仁乃と仲の良かった私を周囲は気遣い、腫れ物扱いをした。何を言うか万歳三唱、と淡々と日々を過ごす私に声をかけたのは蒼真だ。

 軽く手招きをされたら「昼飯」と言われた。どうやらいつのまにかお昼休憩だったみたいだ。全然気がつかなかった。








「誰かに何かがあってもさ、日常って普通に回るのな」

 ベンチでホットドッグパンの袋をばり、と開けた蒼真は私にそれを近づけた。顔を左右に振る私に、蒼真はドッグパンを眺めてから袋にしまう。

 グラウンドが見える木陰のベンチに腰掛けた私たちの前を、後輩がサッカーボールを蹴って駆ける。ピーっと笛が鳴る音が妙に耳に鮮明に届く。


「俺、祐穂に黙ってたことがあるんだ」


 空は青く陽射しは高い。振り向く私に蒼真は遠くを見ている。

「これ、金雀枝には絶対言うなって言われてたんだけど」

「なに?」

「俺さ、金雀枝と祐穂が弓道部見に来てから、ちょっと経ってから。金雀枝に告ったんだ」


 そう、といった。今さらもうどうでもいい。

 また正面を向く私に、蒼真は続ける。


「そしたら金雀枝、なんて言ったと思う」