それでも相手が向ける視線の先が私ではない場合、気づかれることはないけれど。
「…最近、金雀枝となんかあった?」
他愛ない会話を一言、二言。二月の終わり、もう春の足音が聞こえて、だいぶ陽も長くなって香りに来たるはじまりを感じていた。
妙だと思う。私から切り離した世界をもう目にしてやることはないというのに、あの大きすぎる存在は、私の意中の人にすら変哲を齎らしてしまう。
平静を装う。眉間のしわを解く。
心の底で苦虫を噛み潰す。
「どうして」
「あんなに仲良かったのに最近全然一緒にいないから」
「仲、良かったのかな。仁乃が私に懐いてただけだよ。でもほら私こんな性格。飽きたんじゃない、仁乃明るいし」
「そんなことないだろ、だったら一年近く一緒にいる前に飽きてるよ」
「そうかもね。ねえ、やめよう。この話」
「いや、まだ終わってないだろ」
「話したくない!」
声を張り上げたら、すれ違った女子中学生数人がびくっと肩を揺らした。なにー、けんか? そんなヒソヒソ声が聞こえて心中で舌打ちをする。
「どうしたんだよ祐穂、お前最近おかしいぞ」
「おかしいって何が」
「俺知ってるよ。祐穂から金雀枝のこと避けたんだろ、それであいつが遠ざかざるを得なくなっただけ。お前ほんとは」
「おかしいのは蒼真の方でしょ」
恋しいというのに憎いと思った。
強く睨みつけてやれば馬鹿みたいに声を漏らす蒼真に、言葉のナイフを振りかざす。
「私が蒼真に会いに来ることで自分の好きな仁乃が遠ざかるのがそんなに悔しい? だったら幼馴染み使って回りくどいことしてないで自分でどうにかしたら? どうせ自分じゃ話しかけられないんでしょヘタレだもんね、ひとの力借りないと自分で動けない弱虫男。一人で告白する度胸もないくせに偉そうなこと言わないで」
「………祐穂」
吐き出してから、ハッとした。でも取り戻すことなんて出来ない。
「…ごめん、一人で帰って」
「祐穂!」
眉を下げて佇む蒼真を見て、私は踵を返して立ち去った。



