名もなき箱庭

 

 それはたぶん甘い毒。










 ある日から、自分の中の醜い感情に気がつくのが億劫で、仁乃のことを避けるようになった。

 初めこそ混乱して、何かのドッキリかと思っていたらしい仁乃は果敢に話しかけてきたけれど、私はそれでも無視を決め込んだ。そのうち「おーいもうつまんねーぞー」とか「飽きた」とボヤいたのち、最後の方は「あたし祐穂に何かした?」とか訊いていた気がする。

 それでも聞かないふりをした。このまま流れで三人で仲良しこよしなんてごめんだったし、仁乃の隣で笑う蒼真を見たくはなかった。だから見えない聞こえない。私の世界に金雀枝仁乃がいなくなり、





 それがだいぶ板についた水曜日の放課後。


「かーのじょ」
 

 委員会で遅くなった帰り、校門で声をかけられた。


 学生鞄を提げて今まさに校門をくぐったばかりの私は面倒で、はぁ、と軽い息をつく。背を向けたまま振り向かないのもそのせい。私はその声の主を知っていた。


「…なんでそんな呼び方するの、蒼真」

「いや、なんとなく。背中に哀愁漂わせてたから」

「どんな背中、それ」

「待てって。もう外、暗くなってんじゃん。俺も部活終わったんだ、一緒に帰ろうぜ」

「勝手にすれば」

「ほんと冷たいんだよな、昔から」


 つっけんどんな態度の裏側で、心は踊っていた。図らずして蒼真に会えて、しかも一緒に帰れる。持ち合わせた乙女心は馬鹿みたいだけれど、単純にも嬉々として顔にも出てしまっていたと思う。