少し前。いや、半年以上前。
仁乃が転校してきて三ヶ月くらい経った頃、もう学校にもすっかり馴染んだ彼女に数人の女子が話しかけているのを見かけた事がある。
斜陽が差し込んでいたから、あれは春の放課後だ。
「ニノちゃんカラオケ行こーよ!」
「ジャーン見てこれ三人様限定三時間無料けーん! 中間考査も終わったことだしさ、パーッと気晴らしに」
「わ、いいねー! おっけ! んじゃ祐穂も誘ってくる!」
「あ、ごめんニノちゃん。それは誘わないでくれるかな」
「え?」
今にも教室に踏み入れようとした足を、その時後ろへ引っ込めた。教室横の扉に背中を張り付けて、息を殺す。
「なんで? 祐穂、だめ?」
こんな時、仁乃の馬鹿正直な無垢さは他の発言の核心をつくのにもってこいだ。あまりに的を射た問いかけにひとは、曖昧に返せないから。
間を置いているとだめってわけじゃないけど、と言った。それはダメと同等ではないのかと問う。
「きーむらちゃんはさー…美人だし勉強出来るししっかりしてるけどー…、その、とっつきにくい? っていうか、さ」
「わかる。壁があるよね、こう、近寄ってくんなってオーラ。話しかけづらいし、結局あたしらのこと下に見てそうじゃない?」
「あ、それわかる! あと洒落通じないでしょ。前冗談でからかったのに、めっちゃ睨まれてほんと怖かった」
「祐穂は悪くないよ」
「祐穂は、悪くない。だめじゃない。そんな理由でハブるのやめて。悪く言わないで。祐穂のこと悪く言う人間とあたし、一緒に出かけたくなんかない」
聞いたことのない仁乃の、声だった。
シンと静まり返った教室で、ちょっと間を置いてから「あっそ」「しらけるー」なんて声とともに、ぞろぞろと数人の女子が出てきて。
万人に愛される仁乃が、そのとき初めて敵を作った瞬間を見た。
仁乃は私のせいで万人に愛される道を外れたのだ。それをひけらかそうともせず、見ていたと言うのにありがとうの一つも言わない私に、次会った時いつもどおりおどけてみせた。
そのときと、そう、抱えてるのは、似ている気がした。



