生まれてきた心地がしたのは、初めて喧嘩をした瞬間。


生まれてきたから手に入れる事が出来たのは、たった一人の大事な親友。




それでも、生まれてきて良かったと思える事は、今の所一度もなかった。









その日は、珍しく穏やかな日だったと俺は思う。

喧嘩をふっかけられる事もなく、仲間内の揉め事もなく。強いて言うならウチの馬鹿な幹部が女にビンタされていたが、それはほぼ日常と言っても過言じゃないので気にもとめない。

帰路についている筈なのに、帰る気なんてさらさらなく、ただ色んな所を歩き続ける。下手すりゃジジィの散歩よりずっと歩いている。おかげで俺の足腰はかなり鍛えられている、らしい。先輩がそう言っていた。

不意に、夕焼けの日差しが俺の視界に入り込む。

「……うぜぇ」

海と夕日の光景が、やけにムカついて仕方ない。本当なら「綺麗」とでも言うべきなのだろうが、俺はこの光景が大嫌いだった。
舌打ちをして踵を返す。ムカついて仕方ないと自分でわかっているのに、ずっとこんな所にいてやる道理は何もなかった。


「——ねぇ」


が、しかし。

突然声をかけられて、眉をしかめながら振り向いた。
数メートル離れた先に立っていたのは、茶色いブレザーを着た女が一人だけ。逆光で見えにくくなった顔を目を凝らしてよく見ると、見知った顔だと脳がすぐさま訴えた。

「……お前、確か」
「古賀君」

俺の言葉を遮るように、澄んだ声が響き渡る。
ぶあ、と、風が舞った。



「私ね、もうすぐ死ぬんだ」




「……はぁ?」




それが、俺とこいつ、泉千寿との始めての会話。


俺の世界を塗り替えた、世界で一番の“馬鹿”な女。