困ったように笑みを浮かべるおじさんに手を振り、運転席に乗り込んだ。




そう、私の家は昔ながらの酒屋で。

この小さな町に何十年も前から構えて、当初から付き合いのある居酒屋さんに仕入れた酒を配達して回っている。



顧客リストは、お店を始めたおじいちゃんの頃から殆ど変わっていない。







車に乗り込んだ私は、エンジンを掛ける前に次の配達先を確認していた。



――だから、始めは気付かなかった。

いや……それを認めたからってどうこう言う訳では無いけれど。




顔を上げてシートベルトを引こうと伸ばした腕は、目的の場所に届くこと無くピタリと動きを止めた。







「え、……お兄さん?」


ぽつり、呟いた自らの言葉は狭い車内に消えていく。

ほぼ無意識の内に男の代名詞を口にした私の眼には、しっかりと彼の姿が映っていた。






笑い合う男女。

腕を組んで歩く先は、夜の街として有名な――…所謂、ラブホ街で。









公園ではない場所で見た彼は、例のスーツを着ていなかった。