「どうしてですか?」

 彼女がつらそうにしているのに、思わずそんなことを聞いてしまった。

「ごめん、それは言えない」

 気まずくなった空間で、僕は何を話せばいいかわからなくなる。



「それよりさ、さっき言ってたどんでん返し系のミステリーなんだけど――」

 明李さんは再び、本の話を始めた。いつもの彼女らしい、溌剌とした声音の向こう側に、計り知れない哀しみが秘められいるように思えてならない。

 僕も表面上はどうにか笑顔を作って会話していたが、不安はぬぐえなかった。



「今日は楽しかった。また来週ね」

 明李さんの表情からは、先ほどの暗い雰囲気が影もなく消えていて、天使のような笑顔だけが浮かべられていた。

「はい。ありがとうございました」



 食堂を出た僕は、複雑な心情をもてあましながら、次の授業の教室へと歩いた。

 いつもの十倍以上の時間を共に過ごして、明李さんに近づくことはできたはずだ。しかし、彼女は恋愛をする気はないと言う。



 そこには、いったいどんな理由があるのだろうか。あのとき浮かべた表情から、前向きな理由でないということだけは推し量ることができた。



 結局僕は、明李さんのことを想いながらも、彼女のことなど何一つ知らなかったのだ。その事実に打ちのめされる。



 勇気を振り絞って高い壁を一生懸命乗り越えたはずなのに、その先にはさらに高い壁が待ち受けていた。



 早く伊澄に今日のことを聞いてもらいたかった。

 明日からは祝日を挟んで、三日間の連休だ。その間、彼女とは会えない。