「そう。一度そのパターンのトリックを読んでしまうと、二度目からは引っかかりにくくなってしまう。例えばよくありがちなのは、別々の登場人物だと思わせておいて実は同じ人でしたってパターンかな」

 それならば僕も読んだことがある。



「ああ、たしかによくあるトリックですね」

「そう。でもね、本を読み慣れてると序盤で気づいちゃうのよ。残念なことに」

 それでウイルスなのか。要するに、ミステリーに対して免疫ができてしまうというわけだ。



「なるほど。たしかに序盤でトリックに気づいてしまうと、最後にくるはずだった衝撃が少なくなってしまって損した気分になりますね」

「でも安心して。それを上回ってくる作品をご紹介しますよ!」

 明李さんは不敵に笑って、いくつかのタイトルを紹介してくれた。



 本の話が一度落ち着いたところで、僕はもう一歩踏み込んでみることにした。

「明李さんって、彼氏とかいないんですか? あ、いや、僕なんかと二人で食事してますけど、もし彼氏がいたら殴られちゃうなって思って」



 いえ、別に僕はあなたに彼氏がいようがいまいがどうでもいいんですよ。ただ、彼氏さんがもしいらっしゃるんだったら、二人で食事するのはちょっと申し訳ないような気もしますし……。僕は、そんな態度を装って質問した。まったく装えていないかもしれないけど。



 伊澄に言われていたこととはいえ、普段の僕からは想像もできないくらいに積極的だ。今日の僕はどうかしている。



「ふふふっ」

 明李さんは口元を押さえて顔を伏せた。笑い方まで上品だ。

「朽名さん?」

 どうして笑われたのだろう。



「時光くんって本当に面白いよね」

「どういう意味ですか」

 その台詞の真意を図りきれず、僕は明李さんに問いかけた。



「だって、もうとっくにご飯も食べ終わってるのに。それ今さら聞くんだって思って」

「あっ! たしかにそうですよね。すみません」



 これは、僕が明李さんに好意を持っていることがバレてしまっただろうか。恥ずかしくなって下を向く。同時に、僕の気持ちに気づいて、少しでも意識してくれればいいなとも思った。