宗平と最後の会話をしたその日の夜。

「お母さん」

 晩御飯を食べ終えたタイミングで、私は母に話しかけた。

「どうしたの、伊澄」



「昨日のことなんだけどさ、何かあったの?」

「え?」

「なんか、悲しそうだったから」



 私が宗平に酷いことを言ってしまうきっかけにもなった、母の悲しい表情を思い返す。



 しかし母は、

「昨日の……いつ頃?」

 よくわからない、といったような顔。とぼけているわけではなさそうだ。

「夜、私がバイトから帰ってきたとき」



「あ、あれかも。全然たいしたことじゃないの。ちょっと前から狙ってた服があったんだけどね、昨日行ったら誰かに買われちゃってたのよ。すごく可愛かったのに。そんなに悲しそうに見えた?」



「何それ?」

 私は笑った。母もそんな私を見て笑う。

 家族のことなのに、全然わかっていなかった。勝手に勘違いして、バカみたいだ。



「お父さん、遅いね」

 そう言った母の顔からは、悲哀の色など一ミリも感じられない。



「うん」

 私の心を読み取ったかのような、突然の話題の転換。娘の考えていることなど全部お見通しなのだろう。



「でも、そのうち帰って来るはずだから、気長に待ってましょう」

 私の頭に置かれた母の手は、優しくて暖かい。思わず目を細める。



 母はずっと、彼のことを信じていたのだ。そして、今も変わらず信じ続けている。本当に、敵わない。