別れの時間は、確実に近づいてきている。

〈わかった。私の両親はね、す……仲が良いの。それだけじゃ……て、お互いを誰よ……大事にしてるなってことが、まだ小さ…………私にもわかったの。お父さんとお母さ……私の憧れなんだ〉



 間接的に尊敬の言葉を投げられて、僕は照れくさくなる。

 同時に、憤りを覚えた。

 これほど思ってくれている娘を置いて、未来の僕は何をしているのだろうか。それは、二十二年後にならないとわからない。



 きっと、この会話が終わったら、僕は忘れてしまうのだろう。彼女と話したことも、彼女の優しさも、彼女の存在さえもすべて……。

 それでも、伊澄と出会えたことは無意味なんかじゃない。



 彼女のおかげで、僕は明李さんに気持ちを伝えることができた。一歩踏み出す勇気をもらえた。



「伊澄、待ってて! 絶対に帰って来るから! それまで、明李さんと二人で!」

 伝えたい言葉をもう一度、心から吐き出した。



 伊澄も、僕と話した内容を忘れてしまうけれど、愛とか希望みたいな、彼女がこれから前を向いて生きていけるような何かを、せめて残してあげたくて。



〈待っ……よ。もう、時……が……みたい。そ……じゃ、また二十二年……に…………ましょう〉

「うん」

〈……た…………〉



 握った石を見る。

 もう、彼女の声はほとんど聞き取れなかった。なにかノイズらしき音だけが、かろうじて聞こえる。

 光っているかどうかもはっきりわからない。



 声だけでつながった、遠く離れた二人は、再び離ればなれになった。

 だけど、涙は出なかったし、悲しくもなかった。

 僕はまた、彼女に会うことができるのだから。

 不思議な石は、役割を終えた。



 そして、

 世界が――切り替わる音が聞こえた。