〈だから私の読んでる少女漫画だって、キミは知らないわけだ〉

「まだ作品自体が存在してないからね。当たり前だ。それに、何の音楽グループかは忘れたけど、こっちではまだ解散してないし」



〈ああ、そんな話もしたっけ〉

 僕と伊澄の間に生じていた齟齬は、時間的な隔たりを考えれば、全てが納得できるものだった。



「じゃあ、昨日どうしてあんなことを言ったのか話してもらおうかな」

 ――その、明李さんって人のこと。もう諦めた方がいい。

 伊澄に告げられた台詞が、頭の中で響いた。



 僕が明李さんを諦めるということは、当然結婚などしないということで。

 すなわち、僕と明李さんの間には何もなく、伊澄が存在しない未来がやって来るのだ。



 つまり僕は、伊澄があんなことを言ったのは、生きることが嫌になったからだと思っていた。しかし、彼女はそうではないと言う。



〈うん。まず、キミは夢を叶えて宇宙飛行士になる〉

「そっか」

〈何、その反応。もっと喜ばないの?〉

 僕の素っ気ない反応が気に入らなかったらしく、伊澄が怪訝そうに尋ねる。



「嬉しいけど、こうして話したことはどうせ忘れちゃうし。あと、実感が湧かない。未来のことだから当たり前だけど。それに、これから色々と頑張ることになると思うから、喜ぶのはちゃんと夢が叶ったその時にする」

 伊澄の、脈絡のない切り出し方に戸惑ったという理由もあった。



〈本っ当に真面目だよね〉

「伊澄に言われたくない」

 呆れたように言う彼女に反論する。



〈それはこっちの台詞なんですけど。キミの遺伝子のせいでこんなにクソ真面目になったんだからね〉

「ああ、たしかにそうかも」