「はい。どうしました?」

『急で悪いんだけど、今日バイト入れるかな』

 申し訳なさそうな声音。



「えーっと……」頭の中で今日の予定を確認する。特に何もないはずだ。「はい、大丈夫です。どうかしたんですか?」



『文月さんが風邪みたいで、来れなくなっちゃって。じゃあ、申し訳ないんだけど頼めるかな?』

 文月さんという名前を聞いて、心臓が跳ねる。

 ――バイト先の後輩、キミのことが好きなんでしょ。



「わかりました」

 僕は、平静を装って答えた。

『ありがとう。助かる。いつもの時間でよろしくね』



「はい」

 通話を終了させ、スマホをポケットにしまう。



 まだ昼食をとっていなかったけれど、食べる気は起きなかった。決してお腹が空いていないわけではない。無力感に苛(さいな)まれて、食事をすることすら億劫だった。おにぎりが二つ入ったコンビニの袋を、バッグに戻す。



 押し寄せてきた空虚な気持ちが、熱意だとか活力だとか、そういった類のものを全て飲み込んでしまった。



 親しくなったと思っていたのに、伊澄の心の中は何一つとしてわからなかった。



 けれども、僕は着実に、真相に向かって近づいていたのだった。