昼前に、私は家を出た。母はまだ買い物から帰って来ていない。
一応制服を着てはいるが、できるだけ人に見られたくない。顔を伏せて、いつもとは違う人気(ひとけ)の少ない道を通る。
学校には行かず、直接公園へ向かった。
彼に、言わなくてはならないことがある。
私はいつものベンチに座った。弱い風が吹いただけでも、鳥肌が立つ。マフラーに鼻から下をうずめた。
鞄に付けられた石には、小さなひびが入っていた。その小さなひびを、私はじぃっと見つめる。そんなことをしても、修復はされないと知っていながら。
私と彼の関係は、もうすぐなくなる。
不思議な力で出会った二人の軌跡は、跡形もない決別へ、問答無用で進んでゆく。
石が、淡い光を湛(たた)えて――
〈あれ、伊澄。今日は早いんだ〉
彼の声。
かなり聞こえづらくなっている。
私の名前を呼ぶ彼の優しい声が、大好きだ。
「……そうだね」
〈ん、なんか今日は元気ないね。体調でも悪いの?〉
「いや、ちょっとね」
言ってから、昨夜の母の台詞とそっくり同じだと気づく。
〈そっか。何かあったら聞くよ?〉
ありがとう。口にはせずに、心の中で呟く。
だけど私は今から――キミのことを裏切るんだ。
「やっぱり諦めなよ」
石の向こうの彼に向けて、はっきりとそう言った。
これは、私の人生最大の賭けだ。