バダンッ。ギイィ······。
バタンッ。ギイィ······。

そんな音が一定間隔で鳴る。
そんな時がどれくらい経っただろう。
僕は誰にいうでもなく一人叫んだ。

「なんでこんなにろくでもない場所ばかりなんだ!!」
と。

何故一人でさけんでいるかというと、ベジは壁にもたれかかり眠りについて、性悪悪魔はなんにも言葉を返してこないからだ。

嫌味を言われるのも腹が立つが、無視をされるのは余計に腹が立ってくる。

「あ~あ。いい加減あんたのその小芝居見るのも飽きたわ。男なら度胸決めなさいよ」
そんな声とともににポンッと目の前に現れたのは破廉恥な姿をした性悪女悪魔。

「こんな場所進めるわけないだろ!?」
そういって僕が見やる扉の先には間欠泉があちこちにあり煙がもくもくとあがる場所がある。

「なんでダメなのよ」

「メガネが曇る!」

「はあ?めんどくさいわねえ。森も間欠泉も砂漠も沼地も女風呂もだめとか、なんならいいのよ」

「おい、最後変なこといっただろ!やめろよ、破廉恥悪魔」

「都会っ子の坊主ってこれだから嫌いよ。ま、もういいわ。」

その言葉に希望が湧いてくる。
本当は魔法でルミナスに戻せるんじゃないか?これはおふざけの一部で。まあそれはそれでかなり腹が立つが今はルミナスに帰ってなおかつ新しい僕の居場所をくれた、ベジの生まれ故郷にはやくいってみたいのだ。そのためにはベジの消えた魔法のじゅうたんも探さないといけないし······。

しかしそんな希望もすぐに砕け散った。

「ベジにひかせましょ」

「······ひかせる、ってなんだよ」

「ベジ、起きなさい。」

「ん······母さん?······まだ······」

そんな寝言をいうベジにセレナは一切の躊躇いも優しさもなく頬をひねりあげる。

「いたっっ。な、なに!?」

その強烈な痛みに飛び起きたベジの目の前には恐ろしい女悪魔。
しかしベジは悪魔を見て優しい笑みをみせる。
······よく悪魔にあんな顔みせられるよ。仮にも僕達の命を狙ってきたようなやつなのに。

「なんだ、セレナかあ。」

「さ、ベジ、ドアを閉じてドアを開けなさい」
そういうと艶やかな赤色の唇を歪ませいつもの不敵な笑みを浮べる悪魔。

「ん?うん。わかった」

ヨロヨロと立ち上がりこちらにやってくるとドアノブに手をかけバタンッと扉を閉めるベジ。

頼む。頼むから街とか国とかましなとこにしてくれ。

ギイィ······
そんな音がして、閉じていたまぶたの裏に光を感じる。

これはーー




「大ハズレね、あはははははっ」

女悪魔の小憎らしい笑いに反応している余裕もない。
だって······。

「え、これってなあに?······」

どうやらずっと田舎住まいのベジは《《これ》》を知らないらしい。

「············ちょっと待て。これは歩くのも不可能だからもう一度」

「だめよ」

鋭い声でそういう悪魔に押し黙る。
くそ。僕があと百歳年取ってたらこの程度で黙らないだろうに。

「魔法のじゅうたんがあるでしょ、あんたの。それで渡るのよ、この海を」

ーーそう、ベジがひいたのはかなりの大ハズレ。大海原のど真ん中だったのだ。
正直何故ここに繋がっているのかを知りたいが、魔法に理屈もへ理屈もないので考えてだしたところでしょうがない。

「海の上を渡ったら僕のじゅうたんが湿気るじゃないか」

「はあ?今更何いってんのよ、この神経質坊主。いいからじゅうたんだしなさいよ!」

「嫌だね!絶対に」




「うん、まあ結構上等じゃない。坊主、あんた意外と金持ちの家の子でしょ」

そういう女悪魔の手には僕の大事なじゅうたん。
一瞬のすきをついてこの女悪魔の尻尾で刺された僕はまんまと魔法のじゅうたんを渡してしまった。
もう効果は切れたが、あの尻尾に刺された直後は······。

いや、あれは悪い夢だ。そうだ。そうに違いない。

「さ、坊主乗りなさい」

「失礼するね~」

先に女悪魔とベジが乗り込んでしまいもう取り返しはつかなさそうだ。
僕は覚悟を決めるとじゅうたんに乗り込んだ。
ああ······やっぱり悪夢だ············。



「ひゃっふううぅぅぅぅ」

「やめろおおおおおお」

女悪魔が生き生きとした声を発する中僕は目に涙を貯めながらじゅうたんにしがみついていた。

「風が気持ちいいねえ~」

「気持ちいいもなにも限度があるだろおおおお」

ベジにツッコミをいれるも口に海水の飛沫がはいってきて、すぐに咳き込む。

僕のじゅうたんなのに、なのに、この女悪魔······ハイジャックしたんだ。

僕のじゅうたんを······。

しかもご主人様であるベジには保護の魔法をかけてじゅうたんから落ちないように保険をかけて、すごいスピードで海面すれすれを飛んでいる。今現在も、そしてこの先も······。

右も左も前も後ろもはるか地平線まで海、海、海。
この生き地獄が終わったら······というか、終わる時がきたら絶対に仕返ししてやる。
そう決意すると僕はかじかむ手でじゅうたんをギュッと握った。

「大丈夫?」

そういってベジが僕の手の甲の上に細く健康的に焼けた手を重ねる。

野菜ばかりを食べて太陽の光を沢山浴びてきただろうベジの生活が思われる。
そんなベジの手はほんのりあたたかくて海水の飛沫に耐える僕からすると本当に助かるものだった。

「ベジ、ありがとう」

「どういたしまして」

朗らかに微笑むその人に心まで暖かくなる。しかし、そんな暖かな時もつかの間のこと。

「なっ!?」

じゅうたんが突如として冷たい海につかり体の下半分が海水につかる。

「何してるんだ!!」

寒さにこごえながらそういった時には既に海面からじゅうたんはあがっていた。
が、濡れた衣服が風にあたって余計に寒い。

「ちょっと間違ったのよ。仕方ないでしょ、悪魔だって間違えることくらいあるんだから」

「············あー、そうですか」

もううんざりだ。
ほんとにこの先この悪魔とずっと一緒にいるのか?第一にこの悪魔のことを僕はまだ信用しきれていない。絶対になにか企んでいるに決まってるんだ。
ベジと僕は、こいつに殺されかけたんだから。

「お前がなにを企んでいるのかは知らないが、おかしな真似をしたら」

「あーもう、いちいちうるさくてかなわないわね。」

その悪魔の言葉に答えようと口を開いた途端、悪魔がパチンっと指を鳴らす。
すると自然と、だが明らかに故意的に、まぶたが重くなってくる。
くそー、この女悪魔なにかしたな。
そんなことを最後に思いながら僕は重くのしかかってきたまぶたをとじ、まどろみの中へと落ちていった······。