「…あ、えっと、今日、急にバイトなくなってそれで、つつるんまだいるかなって思ってきたんだけど、その…」


衛藤は気まずそうに視線を彷徨わせた後、足元に落ちていた数学の参考書を拾って、ギュッと胸に抱いた。


「その…やっぱりいいや…」


そして逃げるように走り去っていく。



…まさか俺の気持ちを知って…引かれた?気持ち悪いって、思われた?



「っ衛藤…!」


気付いたら、自分も教室を飛び出していた。


全力で走って、廊下を逃げるように進む衛藤の腕を無理矢理つかんで引き留める。



「待てって!その、さっき言ってたことは…」


「言ってくれればよかったのに」


「…え?」



振り向いた衛藤はなぜか、悲しそうに笑っていた。まるで何かを堪えるように。



「辛いなら辛いって言ってくれればよかったのに」


「いや、その、それは…!」


「じゃぁ何で私にキスしようとしたの?」


「え……」



衛藤の瞳が、真っすぐに俺を見つめてる。


「それは…」


決まってんだろ。


好きだからだよ。



「それは…」


「……もういいや」



言いよどむ俺に、諦めたみたいに衛藤が口角をあげた。



「…今まで…ごめんね」



力が抜けた俺の手を引き離して、衛藤が背を向ける。


段々小さくなって、やがて角が曲がってその姿が見えなくなっても、俺はただそこに、茫然と立ち尽くしていた。



笑っている衛藤は、なぜか泣いているように見えた。


衛藤の“ごめんね”は、俺にはまるで…


“さようなら”に、聞こえた。