相手の表情はピクリとも動かず、冷たく見返される。

「ここがどこだかまだ全然わからないですけど、何が起きてるのかわからないですけど、大好きな人の声とか姿とか、忘れるはずがないです。意識がしっかりしてすぐ、わかりました。私の大好きな人だから」

「俺は……鬼だ」

そう、悲しげな声で呟いた。

「人に紛れて暮らしたって、限界がある。こうして衣月を巻き込んで傷つけて。それに、襲おうとする衝動だって起きて抑え込んできた……恐い。いつか我を忘れて大切な人を失うかもしれない」

身を翻して背を向けると、ポツリと言った。

「……緋瀬夜一という奴のことは忘れろ。鬼のくせに人と親しくなりたいなんてな……悪かった」

緋瀬さんはゆっくりと歩き出す。

「元の世界に送る。もう俺は戻らないから、二度と迷い込むな」

違う。

違うよ、だって私が仲良くなりたくて時計店に通ってたの。

二人で過ごした時間は、楽しくて、幸せで、何も悪いことなんてない。

緋瀬さんのせいじゃない。

忘れられるわけない。勝手に一人で決めないで。

「っ……」

伝えたい言葉はたくさん浮かぶのに、どれも声にならない。