「うみくん、その……」

彼氏ができたからそういうことはもうできない。

そう、言おうと言葉を紡ごうとすると。

「あのさ、水原くんだっけ?」

繋いでいた手が離れる。
霞くんの体温がなくなった瞬間、左手が寒くなる。
温められた手はすぐさま外の冷気に熱を取られ。
行き場を失った左手は、ぶらりと力の入れ方を忘れたようにうなだれていた。

手を離した霞くんは、うみくんの方へ歩いて行き。
穏やかな表情で、うみくんの制服の襟を掴んだ。

「か、かすみくん!?」

「何を考えてるのか分からないけど、一言だけ言わせてもらう。」

襟を掴む手が、片手から両手になる。
少し苦しそうな顔をしたうみくんは、霞くんの顔を見上げる。

「凪は俺のだ。」

まるで、心臓を鷲づかみにされたみたい。
ぎゅっとつかまれたようで。
だけどそれは抱きしめられたように優しくて、愛おしい。

「凪は俺の彼女だ。手を出すのはやめろ。」

「手を出すって……そんなつもりで言ったわけじゃ」

「じゃあどういうつもり?まさか幼なじみだからとか言うわけじゃないよな?」

「っ……」

図星をつかれたのか、うみくんはばつの悪そうな顔をした。

「幼なじみ以前に、お前と凪は男と女なんだよ。
 それに、お前には彼女がいて、凪には俺がいる。
 それでよくふたりきりに、凪の部屋でなろうと思ったよな。」

私が言えなかった言葉を、霞くんが代弁してくれる。
私が言いにくい言葉を、霞くんだって言いづらいのに言ってくれる。
その優しさに、涙が出そうになる。

私は気づいたら走り出していた。
そして、霞くんを後ろから抱きしめた。

「な、凪?」

びっくりした霞くんは私を見ようと振り向こうとしたけど。
私は抱きしめる力を強めて阻止した。

「うみくん。」

今度は私の番。

抱きしめる手を離し、霞くんの隣に立つ。
手袋をつけていない手同士を今度は私の方から繋ぐ。

驚いた顔をする霞くんの方を見て、微笑んで。
私は、口を開いた。

「もう、そういうことはやめてほしい。」

「……っ。」

「私、霞くんとの関係を大切にしたい。
 だから、もう今までみたいな幼なじみはやめよう?」