思い出に身を浸していると授業はあっという間に終わった。
回想とは海の中にいるようで、戻った時に一瞬、自分や周りが分からなくなる。
少しだけ焦ったけれどあまり気にするほど進んではいないだろう。
黒板と教科書を見比べると、教科書1ページ分も進んでいなかった。
これなら自分で理解できる内容だ。
大きく伸びをひとつしてから今日の最後の科目、数学の教科書を取りにロッカーへ行く。
「ねえ一之瀬さん」
名前なんて呼ばれることはほとんどないから驚いて教科書を落としてしまった。
「わたし?」
冷静に、冷静に。
「うん。凄いよね、よくあんなつまらない授業で起きていられたよね。
担当の先生誰だっけ?
あたし名前も分かんないくらいなんだよー、ほら、あれ、さっきの先生」
「川村先生のこと?」
「ああそうそう!
やばいよね、もう5月も終わるのに」
目の前にいる彼女はすごいと思う。
わたしが「わたし?」と「川村先生のこと?」しか言っていないのに会話がこんなに成立している。
ほとんど彼女の言葉で埋め尽くされているけれど。
わたしの言葉は会話という家の中で居候状態。