「それは、誰も悪くないわ」
「…………え?」
予想もしていなかった言葉に、俺は固まってしまった。
「お父さんのDV行為は、お父さん本人の性質がそうさせたもの。それを受け入れてそばにいようとしていたのは、お母さん。そしてお母さんが殺されるかもしれないと思って庇ったのは、レイくん。自分の夫が居なくなったことに耐えられなくなって自殺を決めたのも、お母さんの意志。それは、一人一人の思いが、別々の形となって現れただけなのよ。」
「……別々の……かたち……」
「レイくん。あなたは、お父さんがお母さんを殺してしまうかもしれないと思って、お母さんを守ったんでしょう?お母さんが、傷つかないように。」
「でも……」
「レイくんは、どうしたかったの?」
「…………俺……は…………」
俺は……ただ…………
「俺はただ…………誰も傷つかずに、普通に、過ごしたかった…………」
いつの間にか、涙が溢れ出していた。
「レイくんは、誰かを簡単に殺めるような人じゃない。あなたは、誰かを本気で守ろうとする人なのよ。」
…………おれ、が…………?
「でも、俺は……一瞬でも、「父さんが居なくなれば」って、思って……」
「……「お父さんが居なくなれば、穏やかな家庭になるのに」。」
自分の考えが筒抜けているかのように、紗良の母親に伝わっていた。
「…………!」
「でも、お父さんがDVをするような人じゃなければ、レイくんはお父さんを殺そうなんて、思わなかったはずよ。」
もしも、父さんが…………
「…………そう、なのか…………?」
「逆にレイくんは、もっと怒っていいのよ。自分を責めすぎなの。「なんで父さんは、母さんを傷つけようとしたんだ!」「なんで母さんは、俺を置いていったんだ!」ってね、恨んじゃえばいいくらいなのよ。」
「……うら、む……?」
「そう。それくらい、もっと気持ちを強く出していいのよ。殻に閉じこもっちゃダメ。レイくんは、いい子よ。」
ああ……
どうしてここの家の人は……
俺の気持ちをわかっているかのように
察しているかのように
無意識に求めていた言葉を
くれるのだろうか。
自分でもわからなかった心の内を、
自分でも思えなかった考え方を、
紗良と、紗良の母親は、俺にくれる……。

