「はい、どーぞ」




食卓の椅子に座り、コトン、と俺の前に置かれたマグカップからは、ふわっと甘い香りがする。


今日の3時のおやつで出してもらった、紅茶だ。




「……ありがとう、ございます」




紗良の母親も自分のマグカップを持ち、俺の前に座った。


カタンと椅子をひく音、カップを机に置く音、全て普通の動作なのに、夜だからか、昼とは違う音の響き。


周りは寝静まった中、俺と紗良の母親だけが起きていて、俺たちだけが動いているかのよう。


ひとつひとつの音が、少し大きめに聞こえる。




「紗良、寝てたね」




椅子に座ると紗良の母親から出たのは、紗良の話だった。




「え、あ、はい」


「すぐ寝たの?」


「はい、俺と話そうとしてたみたいだけど、しゃべりながら寝てました。」


「ほんとっ?」


「は、はい……」




紗良の母親は、きょとんとした目で俺を見た。




「紗良ね、いつもこんなにすぐ寝ないのよ」


「そうなんですか」


「ええ。いつもね、スマホでゲームしてたり、本読んでたり、ぼーっとしてたり。色々だけど、寝付くのはとても遅いの」


「意外……」


「ふふっ、でしょ?あなたのおかげよ」


「え、俺?」




嬉しそうに笑みを作る紗良の母親に、俺はパッと視線を向ける。




「あなたがいたから、安心して眠れたのね」


「……え、なんで」


「あなた……レイくんのこと、紗良が本当に嬉しそうに連れてきた時、私、驚いたの。紗良が人に心を開くなんてこと、この先絶対にないんじゃないかって思うくらい、塞ぎ込んでたから。」


「…………?」




あの、紗良が……?




「久しぶりに、本当の笑顔を見たわ。楽しそうで、とても、輝いていた」


「…………俺と会った時、ずっと楽しそうだった」


「どこであったの?」


「………………」




ビルの屋上……って、言ったら不審に思われるよな。