「久しぶりねぇ。元気だった?
 施設にいるんだって?」


「いや、あの、えっ?」


「大変だったわねぇ。あんなことがあって」


「あんなこと?」


「事故よ、事故。ご両親、
 亡くなっちゃったでしょう?
 いい人たちだったのにねぇ。

 波留ちゃんを一人で残して。かわいそうにねぇ。
 ご飯はちゃんと食べている?学校は行っているの?」


おばちゃんの声が、遠のいていく。


後頭部を思い切り何かで殴られたみたいに
ぐわん、ぐわん、と衝撃が走る。


何?おばちゃんまで嘘を言うの?
これは何の冗談?


今日はエイプリルフールじゃないよ?
こんな大掛かりな嘘をついて、どうするっていうの?


「波留ちゃん」


振り返ると、施設長が息を切らして立っていた。


こんなところまで追いかけてきたんだね。


施設長は眉を下げて小さく笑うと、
私の腕を引いた。


「帰ろう」


「でもっ」


「帰るんだ」


真剣な顔つきで言われて、私は俯いた。


施設長はおばちゃんに挨拶をして、
私の手を引いて歩き出した。


私も黙ってそれについていく。


桜並木の道を通り過ぎて、
近くの土手まで来ると、
施設長は私の手を離して向かい合わせに立った。


「これを」


施設長が差し出したのは、青いノート。


私はそれをゆっくりと受け取った。


「まずは、読んでみなさい」


私はゆるゆると手を動かして、ノートを開いた。