前向性健忘。
なんだ、それ。
そんなの聞いたことがないよ。
「嘘だ!そんなの嘘だ!」
「波留ちゃん!」
私は施設長を振り切って走り出した。
施設らしき建物を飛び出して辺りの景色を見る。
ここなら、家の近くだ。
私は右方向に向かって走った。
家に帰ろう。
家に帰ったらお父さんとお母さんが待っていて、
「どこに行っていたの?」なんて
笑いながら迎えてくれるはずだ。
すっかり枯れている桜並木のある道を通って、
自宅に着いた……はずだったけど。
「どうして開かないの?」
そこには家はあったけれど、ドアは開かなくて、
インターホンを鳴らしても誰も出てくる様子はない。
いつも鍵を隠していた植木鉢を確認したくて庭に回ると、
確かにここにあるはずなのに、綺麗に姿を消していた。
呆然と立ち尽くしていると、
後ろから陽気な声が聞こえた。
「あら、波留ちゃん?」
「おばちゃん……」
立っていたのは恰幅の良いおばさん。
隣に住むおばちゃんだった。
噂好きのおばちゃんはいつも
何か噂話になるネタを集め、町を練り歩いている。
そんなおばちゃんが買い物袋を持って
私をキラキラした眸で見つめてる。
肩で息をして、おばちゃんを見た。
おばちゃんは手を口元に当てて私に近付いてきた。


