「えっ?」
どういうこと?記憶がもたない?
何を言っているの?
私にはちゃんと記憶がある。
友達と喧嘩をしたことも、
学校のテストでいい点を取ったことも、
この間観た映画に感動したことも、
全部覚えている。
……覚えて、いる?
本当に?
そもそも、この間っていつ?
よくよく考えてみれば私は、
旅行に行くはずだった。
暑い夏だから海に行こうって、渋るお父さんを説得して
ようやく連れて行ってもらえることになったはずだった。
車の中には買ったばかりの水着も積まれていた。
それなのに、今は身を切るような寒さが襲ってきている。
これは、どういう……。
「お父さん!お母さん!どこ!」
私は立ち上がった。
扉に近付いて、立っている施設長を押しのけて、
部屋を出た。
見知らぬ長い廊下が見える。
私は廊下を駆けていくつも並ぶ扉を開けた。
どの部屋にも、見知らぬ子どもがいる。
私が扉を開けると、怪訝そうな顔を見せる子どもたち。
どの子も、私より年下だった。
同い年くらいの子は一人もいない。
どうなっているの?ここはどこなの?
お父さんとお母さんはどこ?
「波留ちゃん、ご両親は、いないよ」
気付いたら施設長が後ろに立っていた。
悲しそうな表情で私を見つめている。
私に近付き、肩に手を置いた。
そして首を横に振る。
「亡くなったんだ。あれはひどい事故だったよ。
君も、ひどい重症だったんだ」
「なに、それ……」
「そこで君は、前向性健忘という病気を患った。
ノートに書いてあったでしょう。
それが、現実なんだよ」
世界がぐらりと揺れたような気がした。


