高校3年になった4月。桜の舞う通学路を、私は俯きがちに歩いていた。

「由衣、おはよ!」

ポンっと軽く肩を叩かれて振り向くと、そこには幼なじみの絵里が立っていた。

「おはよう、絵里」
「何持ってんの?」
「これ?この前買った新しい本」
「ふーん、面白い?」
「面白いよ、読み終わったら貸してあげようか?」

そう言うと絵里は「げ」と苦い顔になった。

「いや……やめとく……」
「言うと思った。絵里は読書、苦手だもんね」
「なんか、字がぶわー!って並んでるの見ると、すぐ眠くなっちゃうんだよね」
「そうかな?」
「それなら、絵里の代わりに僕が貸してもらおうかな」

後ろから響いてきた声の主は、私の手からさらっと文庫本を奪い去ると、パラパラとページをめくり始めた。

「遠田くん、おはよう」
「おはよう浅本さん。……これ、僕もこの前書店で見かけて気になってたんだ」
「いいよ、本当に貸してあげる」
「え、いいの?ありがとう!」
「ちょっと瞬!うちが先に由衣から借りるから!」
「さっき『やめとく』って言ってたじゃん、絵里」
「今はってこと!もしかしたら何年後とかに読みたくなるかも知れないじゃん!」
「どんなわがままだよ」

遠田くんはくすくすと笑って、私に本を返してくれた。