「救われる者……?」

「杉浦は公衆の面前で醜態を晒し『正義』を保てなくなった。東雲は私に汚されたことで『純粋』ではいられなくなった。そしてお前がいなくなれば……竜崎は『愛情』を向ける相手を失う。彼らは螺旋から解放される」

「そんな方法が救いだなんて絶対に間違ってます! 新二君は私がいなくなればきっととても悲しんで……秋人君はきっと秋人君ではなくなってしまって……そんなやり方が正しいはずないです!」


凛香は、ここを去るべきだと分かっている一方で激しく葛藤していた。

これでは自分がいなくなっても誰も救われない。この場所にはどこにも……私が望む秩序が無い。

正さなくては。正さなくては。タダサナクテハ。


「ならば彼らがこのまま成長し、社会に出れば何が待っていると思う? ……答えは『無』だ。『螺旋』に縛られた彼らは誰にも相手にされず、仕事もできず、何が悪いのかも分からないまま何もかも失って一人で死ぬ。そう、お前もこのまま生きれば確実にそうなる」

「先生のおっしゃることはやっぱり納得できません……! ――でも、最後だけは理解できます」


凛香は憤りを抑えて静かに首肯した。


「このままじゃ私はみんなに迷惑をかけてしまう。だからどうしてもここを去らなくてはいけない。……でも、その前に先生に分かって欲しいんです! きっと、より良い別の方法があったんじゃないかって」

「そんなものがあるならぜひご教授願いたいものだ」

「簡単です。しても良いこと、悪いことを先生が正しく導くんです。こんな風に争うように仕向けるなんてそれこそ非合理的です」

「お前の様な人間をたくさん見てきた」

「……え?」


不意に遠い目を浮かべる『ペインター』先生に、凛香は戸惑う。


「きっとお前の言ってることは正しいのだろう。誰に対しても優しく、間違った行為をする人間には異を唱えずいられない……実際、漫画やアニメの主人公もほとんどがそんな性格の持ち主だ。疑いようもなく彼らは『正直の体現者』だ」

「それなら――」

「お前はそれに疑問を抱かないのか? 『なぜ正直の体現者ばかりが主人公として描かれるのか』。答えは単純明快、正直者ではこの世界は生きていけないからだ。だから人々はせめて虚構の中に理想像を求める」

「……つまり先生、あなたがやろうとしていることは……!」