「あ、秋人……?」


壊れたロボットの様な声が自分の声だと気づくのに、新二はしばらくかかった。


「秋人君? 彼の名前がなぜあそこに?」


杉浦も理解できないといった表情で呟く。


「やったー! イチバンだ! 見て見てりんちゃん、僕イチバンだったよ! 後でお祝いにまたギューってしてね!」

「え……うん、でも……あれ?」


反射的に返事をしたが、凛香も信じられない様子だった。

そんな、全力ではしゃぎ回る秋人を無視して杉浦拓真は静かに立ち上がった。


「杉浦、授業中だぞ。席に着け」

「先生、その順位表は間違っています。きっとコピーミスでしょう、今すぐ修正して下さい。それと、僕と新二君の採点のやり直しを要求します」

「この順位表を作った私を侮辱するのか? 今回のテストの一位は紛れもなく東雲秋人だ。それと採点のやり直しも却下する。お前は竜崎新二に僅差で負けた、それが真実だ」

「アハハ、御冗談を……僕の秋人君はこんな子じゃない。だって、自分の座る席すら間違えちゃうほど可愛らしい子なんですよ?」

「確かに彼は救いようのないマヌケだ。今回のテストでも自分の名前を書き忘れていた。だが……回答自体はほぼパーフェクトだった」

「はあ……!? 名前を書き忘れた!? そんなの点数以前の問題じゃないですか!」

「おいビリビリサド女。さっきから聞いてりゃつまらない冗談並べやがって……俺もそんなデタラメな結果は信じない。秋人の親から身代金でも積まれたか?」


こればかりは杉浦に同意して新二も立ち上がると、『ペインター』先生の顔に薄ら笑いが浮かんだ。

「まあ待て、順番に答えてやる。まず名前の書き忘れだが、監視カメラの映像でその問題用紙は東雲秋人本人ものであり、加えて一切の不正もないことが確認されている。よって名前が書かれていなくても何も問題はない」

「な、名前を書き忘れても問題ない……? そんなバカな話があるのか……?」

「あるから言っている。この『特別学級』は常識で個人を計ったりなどしない」


そっけなく言ってのけ、彼女は続いて新二に答える。


「次に竜崎の申し立てだが、確かに東雲の素行を考えれば信じられないのは理解できる。だから特別に証拠を開示しよう」


同時に映写用のスクリーンが天井から現れ、同時に後方の壁から出てきた映写機の光が秋人の回答を映し出す。

一生徒の回答をスクリーンで晒す……というのはなかなか異様な光景だったが、クラス全員は黙ってそれを食い入るように見つめた。


「どうだ、そろそろ満足したか」

「そんなにジッと見ないでよ……ちょっと恥ずかしいです」


モジモジと赤くなる秋人の声を遮って、杉浦が叫ぶ。


「こんなのデタラメだ! 秋人君が……僕の秋人君がこんな完璧な答えを書けるわけがない……! そうだこれは偽造だ! ダウトに気付けるか僕たちを試しているんだ……つまりまだテストは続いている!」

「探偵ゴッコ中に済まないが、偽造などしていない。そんな非合理的なカリキュラムを行えばこの学級の存在意義がなくなる」

「そんなこと口だけならどうとでも言える! おい竜崎、お前も何とか言ったらどうなんだ!」


矛先を向けられた新二は、しばらくスクリーンを見つめた後静かに告げた。

「これは間違いなく秋人の回答だ」

「……は?」


「こんな幼稚園生の落書きみたいなミミズ文字……他に書ける奴はいねえ」