取り囲む高峰の山々が、夕映えの美しい茜色に染まり、凍てついた森には、黒絹の空と幾千の星々を引き連れて、夜の女神がその両腕を広げ始めていた。

鬱蒼(うっそう)とした木々が生い茂る森の中を、窓辺に凭(もた)れるようにして、前で腕を組んだ姿勢で見つめていた彼に、火を焚いた暖炉の傍(かたわ)らから、マイレイが静かに声をかける。

「こちらに来るといい・・・カシターシュ公国の夜は冷える故」

「・・・・おまえ、こんな魔物の森に一人で住んでるのか?」

金色の大剣を収めた背鞘を下ろしながら、実に怪訝そうな表情をして、彼は、ゆっくりと彼女の元へ足を進めた。

そんな彼の手に、蜂蜜酒の入った陶器の杯を差し出しながら、マイレイは妖艶な唇でたおやかに微笑したのである。

「どの国の王も、術者の力は喉から手が出るほど欲しいゆえ、攻撃の術を持たぬ私が身を守るには、こうする他ないのだ・・・」

どこか愉快そうにそう言ったマイレイの手から、遠慮もせずに杯を受け取って、彼は、銀狐の毛皮が敷き詰められた長椅子に、ゆったりと腰を下ろした。

魔剣と呼ばれる剣を長椅子に立てかけ、羽織っていたローブを脱ぐと、燃え盛る炎のような緑玉の瞳が、ちらりとマイレイの綺麗な顔を見る。

野を駆ける獣の如く引き締まったその体に纏われた、リタ・メタリカの民族衣装を象る鮮やか朱の衣。

見事な栗色の前髪の隙間から覗く、神秘的なその眼差し・・・・

その魔性に囚われれば、運命すら変えられてしまうと言われる美しく鮮やかな緑玉の両眼。

見つめていると、何故か、体ごとどこかへ浚われてしまうような、そんな不可思議な感覚にとらわれる・・・

それに・・・・

この青年の持つ独特の気配は、彼女の知る魔法剣士達とは何処か違っていた。

マイレイは、何かに気付いたように小さく首を傾げると、落着き払った口調で言葉を続ける。

「そなた、名は・・・?」

「ジェスター・ディグ(名を棄てた者)だ・・・」

「ジェスター・ディグ(名を棄てた者)・・・?」