そうあれは・・・・

まだ、一年すら経っていない頃の出来事であったはず。

ただ一度、一夜の気まぐれで、確かに、その運命は変えられてしまったのかもしれない。

彼女のその身は、今、背後に8万の軍勢を従えた異国の王の元にある。

愛弟子達を人質に捕らえられ、祖国を後にして、隣国に攻め上がる兵に無理矢理同行させられてしまった・・・・

そのしなやかな手首に退魔の手かせを填められた姿で、彼女は、異国の小高い丘の上に立ってい
た。

優美な銀糸の髪を、吹き付ける風に遊ばせながら、真っ直ぐに見つめる草原の向こう側に、確かに感じる・・・・あの青年の、あの独特の気配。

不本意にも立たされた戦場の最中で、彼女は、あの日のように、何故か艶やかに微笑したのである。

あの男は、必ず此処に来る・・・・

攻め上がる敵国の兵を打ち払うために・・・・

その王の首を取るために、必ずや・・・・

「・・・朱き獅子(アーシェ)の者よ・・・・それでも私は、またそなたに会える事が・・・嬉しくてたまらないのだ・・・」

クスティリン族の美麗な女魔法使いマイレイは、実に穏やかな表情をして、銀水晶の瞳を静かに伏せた。

その脳裏をよぎっていく、あの燃え盛る炎の如き鮮やかな緑玉の瞳・・・

天空を渡る風の精霊が、彼女の耳に確実に伝えてきている、あの者が、もう直ぐ傍にいると・・・

あと少し・・・・

あともう少しで、あの男が来る・・・・

戦乱を予感させる不穏な風のただなかに、マイレイの美しい髪が輝きながら棚引いた。

ゆっくりとその銀の瞳を開くと・・・・

天空の太陽に照らし出される草原の只中に、すらりとした長身が纏う鮮やかな朱の衣が、まるで戦旗の如く翻っていた。

禍々しくも神々しい金色の大剣を、その広い肩に担ぐようにして、若獅子の鬣の如き見事な栗色の髪が、陽炎(かげろう)のようにゆらゆらと揺れながら浮かび上がる。

マイレイは、今、再び艶(あで)やかに微笑んだ・・・


END