創造神ジャハバルが作り給もうた、大陸シァル・ユリジアン。

その大大陸(だいたいりく)の北西にある小さな国の名は、カシターシュ公国。

四方を高き山脈に囲まれたその公国はかつて、大陸最強の戦力と広大な国土を持つ隣国、大リタ・メタリカ王国の属領であったという。

それは、その小さな公国に、風雪と氷に閉ざされる冬が差し迫っていた時のことだった・・・

水色に輝く低い空から、白い花びらのような雪が一片(ひとひら)、また一片と、高峰から吹き付ける冷たい風に弄ばれ、ゆらゆらと虚空に舞い踊っている。

凍てついた蒼い空気が支配する森の最中を、一人の小柄な女性が、銀狐の毛皮を纏った姿で、ゆっくりと歩いていた。

冷たい風に浚われる銀糸のような長い髪。

揺れる前髪から覗く二つの瞳もまた、水晶のように澄み渡る銀色である。

そんな彼女の行く手を囲む葉の落ちた木々が、風の精霊の透明な手で静かに揺さぶられ、ざわざわと不気味な音を上げていた。

その時。

ぴんと張り詰めた静寂と冷気の帯の中に、木々の擦れる音を伴った、不気味な羽音が響き渡ったのである。

銀糸の髪と銀狐の毛皮を翻し、彼女は、咄嗟に背後を振り返る・・・

すると、頼りない枝が剥き出になった木々の合間に、巨大な黒い鳥が一羽、その大きな羽を広げて飛来してきたのだった。


「!?」
彼女は、驚いたようにその銀色の瞳を見開いて、思わず、その足を止める。

巨大な黒い羽根と、不気味に輝く黄色い三つの目。

それは、このカシタ―シュ公国において、大鴉(ガシャ)と呼ばれる鳥の魔物の姿であったのだ。

その奇怪な鳴き声で人を惑わし、血肉をむさぼり食う、実に厄介な怪鳥。

「懲(こ)りもせずに、また来たか・・・」

銀水晶の瞳を鋭く細めながら、彼女は、苦々しくそう呟いくと、腰に下げた革袋から、魔物払いの香木(こうぼく)を取ろうと、そのしなやかな指先を伸ばしたのである。

しかし・・・

彼女はそこで初めて気付いた。

全ての香木は、既に使い果たしてしまっている。

最後の一本は、先ほど、弟子である少女に渡してしまったばかりではないか・・・。

彼女は、妖艶な唇の下で小さく舌打ちした。