「……ごめんなさい、私、」

「気にしないで。せいぜいレイと過ごしたのは一ヶ月かそこらくらいだったしね」

確かにその笑顔に面影はあるが、にしても先生とお兄さんは随分と雰囲気が変わったように思う。なんというか、大人になったような気がする。先生はもう茶髪じゃなかったし、あの頃よりもさらに背が高くなったように思う。

「あの言葉、本気だったんですね」

「……あの頃から、僕はレイだけだから」

先生を最初からどうにも嫌いになれなかった理由が、分かった気がした。先生があの時のお兄さんだったなら当然だ。私はお兄さんのことが好きだったから。

「さて、レイからちゃんと話も聞けたしそろそろ仕事でもしようかな」

先生は立ち上がると伸びをして、デスクへと座った。よく見ると机には膨大な茶封筒が積み上がっていて、それがテストの解答用紙だと気づく。

先生ともう少しいたかったけれど、流石にもう帰るべきだろう。

「ねえ、レイ。もう帰る?」

荷物をまとめて立ち上がると、声をかけられた。でも、いつものように引き止めるような響きはなかった。あくまで確認、といった具合の。

「はい、流石に採点の時にここにいたのがバレたら先生が疑われてしまいますから」

「レイは優しいね」

「優しいっていうか……その」

「分かってるよ。すぐ終わらないから仕方ないね」

「すみません。お仕事頑張ってください」

ありがとう、と笑う先生に少し名残惜しさを感じるけれど、私は準備室を後にした。

廊下を歩いていると、窓の外から部活動に励む生徒が見えた。サッカーコート、そこでボールを蹴っているのは佐藤だった。

ゴール近くになって敵を巧みにかわした佐藤はそのまま勢いよくシュートを打った。とても綺麗にゴールに入ったボールを見て、嬉しそうにガッツポーズをしている。

その佐藤が、なぜかこちらを見た。私に気づくと、手を振ってくる。少しだけ躊躇って手を振り返すと、一瞬嬉しそうな顔をして、また試合に戻っていった。

手紙に書かれていたことを、ふと思い出す。調子に乗るな。つまり、こういうことをするな、ということなのだろう。生憎好きな人が同時に二人できるほど腐ってはいないが、それでも佐藤に無駄な期待をさせてしまうだけ、十分腐っていると言える。

テストが終わった今日くらいは、みんな何もかも忘れるのに。私は一人になった途端、色々思い出してはため息が絶えない。

とりあえず家に帰って本でも読もう。そうすれば少しは、気分も晴れるだろうから。