夕方、佐藤の両親が帰ってきた頃、なんとか私は佐藤の家庭教師を辞められた。

「お疲れ様。いつもありがとうね、レイちゃん」

佐藤のお母さんが、佐藤以上にありがたそうに言ってくる。佐藤のお母さんは基本的にとても優しい。こうして佐藤の家に来ると、いつも歓迎してくれるし、料理もご馳走になったこともある。とてもいい母親だと思う。

ただし、佐藤にはとびきり厳しい。

「晃一、いつまでもレイちゃんに頼ってないで自分でなんとかしなさいよ。だいたいねえ、あなたはいつもそうやって……」

いつも通りのこの説教を止めるのは、もはや半分私の役目だ。

「ああ、あの、私もいつも助けてもらってるので……!」

「だとしてもよ。ごめんなさいね、レイちゃん。勉強できなくて苦労するでしょう、この子」

私はその言葉に引きつった笑みしか返せなかった。その通りとはいえ、私は佐藤と違って面と向かってそんなことは言わない。空気くらいは読む。

「せっかくだし、晩御飯食べてく?」

その誘いに、普段なら首を縦に振るのだが、今日は横に振っておく。休日にお父さんがいるのは、多分今日くらいだからだ。昨日のこともあるし、早く家に帰っておきたい。今朝だって、挨拶もそこそこに出てきてしまったのだ。

「あら、残念。じゃあ、晃一、あんた送ってやりなさい」

「はいはい。行くぞ、東」

ラフな格好の佐藤を追いかけるように、私は佐藤の家を出る。

佐藤の家から私の家までは電車で一駅分。だが電車の距離が長いのでそこそこ遠い。

「マジで助かった。いつもありがとな」

佐藤はあのあと、まるで嘘のように小テストに正解していった。おかげで私はその分おやつを奢ることになってしまったのだが、労力を買ったと考えれば、まだ我慢できる。

「ううん、明日からのテスト、頑張ってね」

「東こそ」

「私は佐藤と違ってちゃんと普段から勉強してるから大丈夫」

「はは、違いねえや」

他愛もない話をしながら、途中コンビニに寄って、佐藤の好きなお菓子を買った。だが、部活動で制限されているのか、のど飴とか、ガムとか、カロリーの低いものばかり選んでいた。なんとなく申し訳なくなって、アイスクリームも奢った。

「ほら、東」

そうして奢ったアイスクリームは、飲むタイプのもので、二本ついているやつだ。味は定番のチョココーヒー。佐藤は、その一本を私によこしてきた。

「ありがとう……って、私のお金だからおかしいか」

素直に受け取って、佐藤にならって私も食べ始める。まだ夏の余韻を残す九月、アイスの冷たさがちょうどいい。

二人で駅に向かって、何も話さずに歩く。佐藤と並ぶと、私だって決して低くないはずなのに、身長が低いように感じてしまう。それくらい、佐藤は背が高い。

「東ってさ、最近好きな人といい雰囲気なのか?」

唐突に振られた話題に、私ははぐらかすように笑って、

「どう思う?」

と、聞いてみた。ほんの少し、楽しんで。

佐藤は、何も答えない。アイスは溶けきっているのに、いつまでも口から離さない。

「東は、俺と二人でいても何も思わないんだな」

「そんなことはないけど、信頼してるからね」

「……信頼、か」

不意にぐっと、腕を強くひかれた。

「じゃあ、俺が今からその信頼を壊すのを許してくれよ」

その声だけを残して、佐藤は私に口づけた。

たくさんの感情が心の中で渋滞して、うまく処理できない。私の考えは、とにかく甘いのだと思い知らされた。

佐藤が、何も思わないわけないのだ。

ふっと腕を離された時、なぜだか、私の目からすっと涙がこぼれていった。

「……東?」

ああ、どうしよう。どうしたら私は、この罪を償えるのだろう。

「…………ごめん、佐藤。ごめん」

悪いのは誰でもなく、私だ。だけど、今は一人がいい。このまま一緒にいると、私は__

久しぶりに足を動かして、早歩きはやがて走りに変わった。とにかく、一目散に駅まで向かう。涙が止まらない。どういう涙なのかも、よくわからない。

佐藤は、追いかけてこなかった。その場でただ、私を見ていた。