何もしないなんて言いながら、目覚めたら、私は先生の抱き枕にされていた。

「先生、離してください」

「んん……あと五分だけ、ダメ……?」

先生はどうやら朝に弱いらしく、なのに腕の力は強くて、振り解けない。

先生の言う通りにしていると、多分、今日一日中私はこのままな気がする。それはまずい。

「私、今日は外せない用事があるんです」

「……大事なの?」

「はい。だから離してくれませんか?」

先生はそこまで言ってようやく、渋々とでも言うように身体を離してくれた。

約束の時間は十時。今が八時だから、正直ギリギリだ。

「……コーヒー、いる?」

「もらいます」

荷物をパパッとまとめて、一応スマホでメッセージを送っておく。彼は時間にうるさいタイプではないが、そこは礼儀の問題である。

「用事って、何?」

「えっと……」

きっと何気なく聞いただけだから、適当に両親と出かけるとでも言えば良かったのに、私は一瞬言葉に詰まった。

それだけで、先生は何もかも察してしまったらしかった。

「佐藤と会うの?」

ごまかす方がこの際卑怯だから、素直に頷く。

「…………へえ」

先生がそれっきり何も言わなくなって、反射的に身が凍る。

私だって、正直こんなことしたくない。先生のことが好きなのに、まるで佐藤にも気があるようなことなんて。

でも、佐藤との勉強会は定期テストが来るたびにやっていることだし、いわば当たり前を、今更崩せない。佐藤は成績が芳しくないくせに、塾にも行かなければ、他の人に教わりもしない。だからここで私が教えなければ、佐藤の答案用紙には大量のチェックが刻まれる。

頭の中はサッカーしかないやつなのだ、本当に。

「でも、先生が心配する必要は……」

「するに決まってるでしょ。恋人が他の男と会う上に、その男もレイが好きなんだから」

「……すみません」

そこまで言われればもう何も言えない。全部先生の言う通りだ。私だって逆のことをされたら、多分同じことを思う。

「でも、レイはまっすぐだからね。きっと、行っちゃうんだろうな」

「それは、そうですけど……先生がどうしてもと言うなら行きませんよ」

「いや、それは流石に佐藤の成績的に危ういから言わないよ。というか、言えない」

担任だから当然、先生は佐藤の成績を知っているに違いない。そしてその成績ですら、私のお陰でなんとかなっているということも。

先生はコーヒーを私に差し出して、少し寂しそうに笑う。

「ごめん、馬鹿みたいだな。レイといると、自分を保てなくて時々嫌になるよ。ここまで嫉妬深いつもりはなかったんだけど」

着替えてくると言って、部屋に消える先生。その後ろ姿を見送りながら、私もコーヒーを飲む。ちゃんと砂糖とミルクが入っている、甘いコーヒー。

「自分を保てない、か」

恋愛で自分を保つ方が難しいと教えてくれたのは、先生の方なのに。そういうことを言って笑う先生を見るのは、胸が苦しい。

好きが募りすぎて、どうしたらいいのかわからない。きっと先生は、最適解を見つけようと必死だ。私と同じように。

秋祭りまで恋人の真似事を続けるのは馬鹿らしいけれど、そうでもしないとどう接するべきかわからないから、見て見ぬ振りを続ける。

「先生、好きです」

そっと、心を込めて呟いてみる。

この言葉は面と向かって言うには、まだ難易度が高い。