なんだか、とても幸せな夢を見ていたような気がする。

「んん……」

目をゆっくりと開くと、私の腕は何かに抱きついていて。

それがにこにこと笑いながらこちらをみている先生の腰だと気づいて、慌てて離れた。

「おはよう、レイ。よく眠れた?」

先生が、私のためにかけてくれていた白衣を取る。とても幸せそうな顔をしているのは、何も気のせいではない。

「……っ」

恥ずかしくて、顔なんてまともに見れなかった。逃げるように、私のために淹れてくれたのであろうコーヒーを飲む。

砂糖とミルクを入れ忘れたと気付いた時には、もう口に含んでしまっていたが。

「……?」

でも普段より少し苦い程度に思えて。

きっと、先生が、甘すぎるからだ。

「さて、そろそろ帰ろうか。もうすっかり暗いしね」

ちらりと時計を見る。もう6時前だ。いつの間にか寝てしまって、結局進めたいところまではできなかった。

少ししょげた気持ちで、鞄に教科書たちをしまう。家に帰ってやることにしよう。

「忘れ物、ない?」

「はい」

「じゃあ、送ってくよ」

先生はそう言って、白衣をハンガーにかけて、黒色のリュックサックを背負った。

断る、なんて合間、先生は与えてくれない。いつものことだ。

すっかり暗くなった廊下を、二人で歩く。正確には、私は先生の少し後ろを歩いている。隣に立てるほどの冷静さが、今はない。

「……あの」

だけど、先生の後ろ姿に、私はほとんど無意識に、呼びかけてしまった。

「なに?」

「えっと……その」

惑う私を見て、先生がどう思ったのかはわからない。ただ、少しだけ寂しそうな顔をする。

「送ったら、迷惑?」

「そういうことは、思ってない、です」

「じゃあ……忘れ物?」

ふるふると首を振る。先生は疑問符を頭に浮かべて、私の言葉を待っている。でも、私自身どうして呼び止めたかわからないから、何を言えばいいのかわからない。

「どうしたの? いつものレイらしくない」

そっと私の頬に手を添えて、先生は少し心配そうな顔を浮かべる。

いつもの私、なんて先生は言う。実際のところ、先生といる私と、佐藤や両親といる私は違う。どっちも私ではあるけれど、でも違う。だから、先生がどっちをいつもの私と思っているのか、わからない。

先生の手に、そっと触れる。そのまま静かに、下に下ろした。

「……私、最近、おかしいんです」

「おかしい?」

「先生と誰よりも長くいるのに……離れているのが、耐えられないんです」

言ってから、それを言うために引き止めたのだと気付いた。

以前読んだあの本。先生と恋する女の子のあの気持ち。私が唯一理解できなかったもの。

これが、本当の “切ない” なのか。この苦しさとこらえようのない寂しさが同居していることが。

先生に限って、他の女の人がいるなんてことはないだろう。曲がりなりにも、今は私が先生の彼女だから。でも、会えない間にその人が何をしているかなんてわからない分、とても不安で、寂しくなる。

きっと私は今、とても見せられないような顔をしているに違いなかった。だから、せめて隠そうと俯く。

「僕もだよ。僕だって、同じだ」

やがて、先生は短くそう言って、廊下だなんて気にせずに、私を強く抱きしめた。

「僕だって、レイの一番が取られたらどうしようとか、子供みたいに心配してるし……嫉妬もしてる」

誰に、とは言わないが、先生は言いながら離さないとでも言うように、私をさらに強く抱きしめる。少しだけ息苦しいのに、その何倍も愛しかった。

「だから、おかしくなんてないよ。好きだから、おかしくなるんだと思う」

「……ほんとう、ですか」

「僕は実際、そうだから」

先生は私から離れると、その優しい手で頭を撫でてくれた。

「でも、そっか。寂しいんだ?」

なのに一転して、意地悪な声で囁いてくる。

「そんなことは……」

ないと言い切れないくらいには、やっぱり寂しい。

「今週の土曜日、空いてる?」

今週の土曜日。テスト期間だから、当然空いている。

「よかったら、僕の家に来る?」

思ってもみない誘いに、私は驚きから固まってしまう。

「嫌なら、別にいいんだけど……」

「行きます」

先生が言い終わるより先に、私は気がついたらそう言っていた。

先生は一瞬だけびっくりしたように瞬きをして、優しく微笑む。

「じゃあ、迎えに行くよ」

それを最後に、先生はまた歩き出す。

私が柄にもなくすぐに頷いてしまったのには、もちろん先生と会えるということもあるのだが、もう一つ理由がある。

今週の土曜日。その日は、私の誕生日なのだ。