文化祭が終われば、次に待っているのはテストだ。

おかげで、余韻なんて引きずる間すら与えられずに、先生たちのピリピリした授業が始まる。

いつもそうだ。この時期は、特に成績が下がりがちになる。浮かれ気味にいて、テストで死ぬ生徒が後を絶たないのだ。

だから私は、そんな生徒の仲間入りをしないようにと努力しているのだが……

「ん、東さん、そこはそうじゃないよ」

四時間目。先生は、この時間は化学教師として、私たちにプリントを解かせていた。

浜名高校は、近年人手不足が深刻で、先生は化学、生物、地学と、日によりこそすれ、すべての理科科目を担当している。

それにより、一日に二度先生と会う、なんてことも珍しくなくて。今日みたいに、一時間目は地学を、四時間目は化学を、みたいな日があったりする。

「ここは、まず、この式でここを求めて……」

さらりと、綺麗な文字で先生はプリントに式を書き込んでいく。

先生は大人だから、切り替えが上手だ。はたから見れば、私たちが恋人同士だなんて、絶対にわからない。

私だけがずっと、変に意識してしまっている。

「……聞いてる?」

ぼんやりと先生の指先を追っていた私は、その声に驚き、慌てて頷く。

「聞いてます」

「本当? じゃあ、ここ、解き直して」

先生は別の生徒に呼ばれて、私の席を離れる。

実際のところ、と思う。このプリントは、私からすればさほど難しくない。早く解くことが目標なら、20分もあればすべて終わらせられる。

なのに、先生と少しでも話したいがために、わざと間違えた。

「……はあ」

最近の私は、自分でもわかるほどおかしい。

そこからスパートをかけるようにプリントをすべて解き終え、前に提出する。

「うわ、東、もう終わったのか?」

「うん。佐藤こそ、まだ解いてるの?」

「俺は化学は苦手なんだよ」

「得意教科なんて体育ぐらいしかないでしょ」

「それは違いねえや」

屈託無く笑いながら、佐藤はここ教えてくれ、と椅子を引っ張って、私の机にプリントを置く。

佐藤はあれからも、何事もなかったかのように話しかけてくる。きっとこれは、佐藤なりの優しさなのだろう。私も私で、佐藤がこのテンションじゃなかったら、調子が狂うし、話しかけづらかった。そういうことへの気遣いは、やっぱり佐藤にしかないものだと思う。

ただ、佐藤は知らないだろうが、あれから私のロッカーには、隙間から差し込まれたらしき手紙が入っていることが増えた。

今までもあったのはあった。佐藤と仲良くなりだした四月初め、それも2回くらいですぐに終わったのだが、今回はわりとしつこい。

ロッカーを開けると、同じ便箋と、同じ内容。すなわち、【お前なんかが調子に乗って断るな】という、僻み。

否定することは特にない。だが、この気持ちは、もう、先生にしか向けられないのだ。

だからそれは、許されない罪を犯した私への罰。むしろそれで済むなら、安い方だ。

「よし、それじゃあそろそろ授業終わりにしよっか」

先生の声で、号令がかかる。先生の授業は、いつもあっという間だ。

「きりーつ、れい」

「ありがとうございました」

先生はひらりと手を振って、教室を出て行く。

「あー、やっとお昼だな」

「そうだね、お腹すいた……」

カバンからお弁当と一緒に取り出した携帯の電源を入れてすぐ、ピコンと通知ランプが光る。

《ブレザーのポケット。気づいた?》

そのメッセージの意味がわからず、ポケットに手を差し入れると__中から一枚、メモ用紙が出てきた。

『一緒に居たいなら、放課後、問題集でも解きにきたらいいよ』

まいりましたと、私は心の中で白旗を上げた。