翌朝、母さんは二日酔いで寝込んでいた。
起き上がれないようで、珍しく会社も休むみたいだ。俺は母さんの寝室のサイドテーブルにレモン水を置いてから
「シジミのお味噌汁、インスタントだけど置いてあるからね」
と、声を掛けてから学校へ向かう。
エレベーターで降りると、既に章三がマンションの前で待っている。
蒼ちゃんは痴漢やストーカー被害に遭ったりしているので、秋月先輩の送迎車に同乗して通学しているが、俺と章三は徒歩15分の駅から電車通学している。満員電車は辛いけど、俺は章三のお陰なのか痴漢とかの被害に遭ったりした事は1度も無い。
桐楠大附は名家のお嬢様やお坊ちゃまが多いので、通学はほとんどの生徒が車で通学している。
その為、車専用の出入口がある位だ。
この学校は広い敷地なので出来る贅沢。
俺が駅から歩いて校門に入ると
「おはよう」
と、背後から声を掛けられる。
振り向くと、秋月先輩が笑顔で近付いて来た。
先輩は隣に並ぶと
「京子さん、具合は大丈夫?」
そう言って心配そうな顔をしている。
「あはははは·····。昨日、かなり飲んでましたからね。二日酔いなので、大丈夫ですよ」
俺が苦笑いして答えていると、蒼ちゃんが物凄い勢いで走り込んできた。
「あ~ちゃん、ちょっと良いかな?」
蒼ちゃんは目を座らせて、俺の肩を掴むと
「なんで翔と田中さんが、僕の黒歴史を知ってるの?」
と、聞いてきた。
俺が思わず秋月先輩を見ると、先輩は手のひらを左右に振って「俺じゃない」って口をパクパク動かしてる。すると、蒼ちゃんは俺の両頬を両手で挟んで自分の方へ向けると
「あ~ちゃん、僕の質問に答えて!」
と、怒った顔で聞いて来た。
「あはははは·····。昨日、俺がトイレに行ってる間に、母さんが携帯に保存してる画像を見せてたんだよね…」
苦笑いする俺に蒼ちゃんが
「なんで止めてくれなかったの?」
って言いながら、俺の肩を揺する。
その時、蒼ちゃんから田中さんのコロンの香りがフワリと香った。俺が思わず
「蒼ちゃん·····なんで蒼ちゃんから田中さんのコロンの香りがするの?」
と聞くと、蒼ちゃんがピキっと固まった。
「田中さんが運転する車で通学してるからだよ」
視線を逸らして呟く蒼ちゃんに、俺は先輩に近付いてクンクンと匂いを嗅ぐ。
でも、先輩からは田中さんのコロンの香りはしない。
「え?でも、先輩からはしないよ」
不思議に思って蒼ちゃんを見た。
すると蒼ちゃんは真っ赤な顔をして
「あ!僕、今日は日直だったんだ!」
そう叫ぶと、走り去ってしまった。
「????」
俺が首を傾げて不思議がっていると、章三は呆れた顔をして俺の頭を軽く小突く。
「お前の天然は最強だな…」
そう言われて、益々分からない。
すると、秋月先輩が俺を見てクスクスと笑っている。気付いたら、俺は先輩に接近していた。
「あ、すみません」
慌てて離れると、先輩は笑顔のまま
「本当に、神崎君は子犬みたいだよね」
って言われてしまう。
「あ!それ分かる!」
秋月先輩の言葉に章三が同意するので、俺がプクっと頬を膨らませると、秋月先輩は笑いながら俺の頭を撫でた。
「褒めてるんだよ」
笑いながら言うと、秋月先輩は時計を見て
「そろそろ行かないと、蒼介がご機嫌斜めになっちゃうな」
苦笑してそう言うと、行ってしまった。
去って行く先輩の後ろ姿を見送っていると、章三が
「さっきの兄貴の話だけど·····、なんで京子さんが兄貴の画像を2人に見せるような状況になってるの?」
そう言いながら俺に詰め寄って来た。
ヤバい·····。
俺、まだ母さんの再婚話をしていなかった事を思い出して苦笑いした。